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PwC’s
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特集 :
Vol.
不適切な会計処理への対応
1
February 2016
www.pwc.com/jp
特集:不適切な会計処理への対応
不適切な会計処理への対応と
「 守り」のコーポレートガバナンス・コード
PwC あらた監査法人
Centre for Corporate Governance in Japan
ディレクター 井坂
久仁子
はじめに
2015年 6月から国内上場会社に対してコーポレートガバナ
1
短期 vs.中長期的企業価値の向上
ンス・コード(以下、
「コード 1」)が適用されています。日本
のコードは、
「『日本再興戦略』改訂 2014」に基づき
「攻めの
明示的に「 守り 」を意図したものではありませんが、コー
ガバナンス」の実現を目指すものとして、適切なリスクを取
ド全体を通じて、中長期的な視点が強調されており、例えば、
る方向に経営のかじ取りを促すように策定されました。しか
原則 2-1は、中長期的な企業価値向上の基礎となる経営理
し、諸外国のコーポレートガバナンス・コードに類するもの
念の策定を求めています。
は、金融危機等を契機として策定または改訂され、
「守り」の
側面が強いという点で日本のコードとは視点が異なるという
【 原則 2-1.中長期的な企業価値向上の基礎となる経営理念の策定 】
上場会社は、自らが担う社会的な責任についての考え方を踏まえ、
特徴があります。とはいえ、日本のコードが「攻めのガバナ
様々なステークホルダーへの価値創造に配慮した経営を行いつつ中
ンス」を強調しているからといって、全ての日本企業がさらな
長期的な企業価値向上を図るべきであり、こうした活動の基礎とな
るリスクテイクを志向すべきというわけではなく、あくまでも
る経営理念を策定すべきである。
「攻め」と
「守り」の適切なバランスが重要であり、その目標
が、会社の持続的な成長と
(短期ではなく)中長期的な企業
企業が作成し公表する財務諸表は、その作成基準が日本
価値の向上であることはコードの副題からも明らかです。
それでは、昨今の不適切な会計処理を含む内外の不祥事の
基準、国際財務報告基準( IFRS )または米国基準かの別を問
多くは、実質的な
「守り」のガバナンスが十分に機能していな
わず、一定程度、
「 会計上の見積り 」に依拠しています。例
かったことに起因するのでしょうか。コードでは、コーポレー
えば、売掛債権に対する貸倒引当金、棚卸資産の評価減、の
トガバナンスとは
「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域
れんやその他の資産の減損、繰延税金資産の回収可能性な
社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断
ど資産の評価に係るもの、さらに、さまざまな引当金の計上
な意思決定を行うための仕組み」であるとされています 。本
のタイミングやその計上額など負債全般の認識と測定に係
稿では、コードの原則等の意図を読み解き、
「守り」のコーポ
るものがその例です。また、進捗度の見積りに基づき収益
レートガバナンスの側面から、会社として、どのような
「仕組
を認識する、いわゆる工事進行基準による売上高もこの部
み」を導入し何をすべきか、何ができるのかを検討します。
類に含まれます。これらは、いずれも見積りの不確実性から、
2
なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であり、PwC
単年度の業績を重視する経営者の恣意性に左右される可能
あらた監査法人または所属部門の正式見解でないことをあ
性のある項目です。
今年は、
「 たまたま 」業績が芳しくなかったが、来期は復調
らかじめお断りします。
に転じるため当期末は引当金の計上は不要である、中長期
的には「 いずれ 」業績が回復するため減損は不要である、と
いった具体的かつ合理的な根拠に欠ける楽観的な見通し(あ
るいは期待 )によって費用の先送りをし、とりあえず当期の
1
2
6
PwC’s View — Vol. 01. February 2016
本稿では特に断りのない限り、株式会社東京証券取引所(東証)が次のリンク先で公表す
るコーポレートガバナンス・コードを参照している。
http://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu000000xbfx-att/code.pdf
コーポレートガバナンス・コードの「コーポレートガバナンス・コードについて」
(2 頁)より
引用。
特集:不適切な会計処理への対応
業績をよく見せたいという誘惑に会社は打ち勝つ必要があ
わった場合における原因分析と適切な説明責任を果たすこ
ります。また、会社が作成した財務諸表を独立した立場で
とこそが重要であり、いわゆる PDCAサイクルの「 C:チェッ
監査する会計士が、このような視点で厳格な監査を実施す
ク( 評価 )」と「 A:アクション( 改善 )」
、さらにそれらを踏
る責任を負うことは言うまでもありません。
まえた次期以降の「 P:プラン( 計画 )」という一連の会社と
2015 年 9 月に改訂された「 G20/OECDコー ポレー トガ
しての対応を、取締役会や経営陣幹部が株主に対して十分
バナンス原則 3 」では、資本市場の便益をフル活用するには、
に説明する責任があるということです。会社の説明が、未
長期的視点をもつ「辛抱強い資本提供者」
( “patient”capital)
達の言い訳に終始するだけでは説明責任を十分に果たした
との関係強化が重要であり、そのための強固なガバナンス
とは言えません。原因分析に基づく次期以降の P( 計画 )が
の必要性を強調しています。
注目されていることは言うまでもありません。
楽観的期待に基づく短期的な業績重視ではなく、会社が
中期経営計画の目標値必達というプレッシャーは、経営
直面する困難な現実を受け入れ、それらに適切に対処する
陣幹部による不適切な会計処理の誘因となります。その理
「 中長期的な企業価値向上を目指す経営理念 」が十分に株主
由として、中期経営計画が、前述の「 会計上の見積り 」の妥
に理解されていれば、単年度の( あるいは四半期など短期的
当性判断の根拠の一つとして外部会計監査人により参照さ
な )業績変動にかかわらず、より長期的視点で辛抱強く会社
れ、過去の達成度合いによって会社の見積りの精度が問わ
の成長を見守る株主層が拡大し、短期的な売買益を追求す
れる可能性があること、また、中期経営計画の達成度に応
る株主層が相対的に減じることにより、株価のボラティリ
じて役員報酬の大半が決定される報酬スキームの場合には、
ティー縮小にもつながるメリットがあると考えられます。
見かけ上の利益を出したいというインセンティブが働く可
過去に発生した内外の不適切な会計処理事案の多くは、
能性もあります 4。
業種によっては、投資家にとって意味のある中期的な経
いずれも経営者が短期的業績を重視した結果によるもので
はないでしょうか。短期的には、不確実な見積り誤差の範
営目標値の設定が困難であるという理由で対外的に数値
囲内として何とか監査を乗り越えられたとしても、いずれ破
目標を公表していない場合もありますが、一定の説明責任
綻します。コードの副題ともなっていた「 中長期的な企業価
を果たすためには、何らかの目安となる数値情報は株主に
値の向上 」のためには短期的な痛みを克服する潔さが必要
とって有用であり開示することが望ましいと考えられます。 でしょう。
過度ではなく、適度なプレッシャーが刺激となり企業の「 稼
ぐ力 」を強化するという見方もできますので、適切なレベル
2
中期経営計画へのコミットメント
の中期経営計画を策定し、取締役会や経営陣がそれにコミッ
トすることが望まれます。同時に、それが未達の場合であっ
ても、株主はその事実だけでもって経営手腕を判断すべき
補充原則 4-1 ②は、中期経営計画に対する取締役会および
経営陣幹部によるコミットメントを求めています。
補充原則 4-1 ②
取締役会・経営陣幹部は、中期経営計画も株主に対するコミットメ
ではなく、なぜ未達に終わったかの分析と将来に向けた対
応能力を評価すべきでしょう。
3
行動準則の策定・実践とそのレビュー
ントの一つであるとの認識に立ち、その実現に向けて最善の努力を
行うべきである。仮に、中期経営計画が目標未達に終わった場合には、
その原因や自社が行った対応の内容を十分に分析し、株主に説明を
行うとともに、その分析を次期以降の計画に反映させるべきである。
日本においては内部統制報告制度( いわゆる J-SOX )の導入
以降、行動準則あるいは行動規範、倫理規定などと称される
内規は、すでに多くの上場会社で導入されており、ウェブサイ
これは、中期経営計画の目標達成が○で未達が×という
ト上でその全文を公開する企業も少なくありません。しかし、
単純なものではなく、むしろ、会社が果たすべき受託者責任、
企業の不祥事が明らかになる都度、行動準則等の運用面の実
説明責任を問いかけているものと考えられます。中期経営
効性が問われています。
計画の未達を恐れて経営責任を回避すべく、目標値を低め
原則 2-2 では、改めて上場会社に対して行動準則の策定
に設定することが「 守り 」ではありません。目標値未達に終
と実践が要求され、その対象範囲は国内のみならず海外事
3
4
G20/OECD Principles of Corporate Governance - OECD Report to G20 Finance Ministers and Central Bank Governors ( September 2015)は、次のリンク先から入手可能。
http://www.oecd.org/daf/ca/Corporate-Governance-Principles-ENG.pdf
米国では、SEC により、過去の監査済み財務諸表が事後的に修正された場合に修正前の財務数値に連動して過大に支払った役員報酬の返金を義務づける提案(いわゆる Clawback ルール)が
されている。SEC, File No.S7-12-15, Listing Standards for Recovery of Erroneously Awarded Compensation, ( July 1, 2015).
PwC’s View — Vol. 01. February 2016
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特集:不適切な会計処理への対応
業拠点を含めた広範囲となっています。グローバルな事業
経理財務部門役職員向け行動準則を一般的な行動準則とは
活動を展開する企業においては、すでに各国語による行動
別に制定しウェブサイト上で公開する企業が少なからず存
準則の策定が実施され、定期的な研修および従業員による
在しています。いずれにしても、各企業にとって最適な行
遵守確認書への署名などを通じた周知徹底が図られている
動準則の実践とそのレビュー方針を定めて実行することが
ことと思われますが、諸外国における法令、ビジネス慣行
望まれます。
や文化の違いなどから、その実践は容易ではないといわれ
ています。一方で、海外子会社等における不適切な会計処
理を含む不祥事が少なからず発生しているという現実があ
4
内部通報制度
り、海外子会社等への行動準則等の実効性のある展開が望
まれます。
行動準則あるいは行動規範の策定と同様に、内部通報制
一般的には、海外子会社向けの行動準則の策定および周
度( いわゆるホットラインなど )は上場会社においては、す
知徹底を日本の親会社の法務部もしくはコンプライアンス
でに実務として広く導入されています。原則 2-5 は、内部通
部門等が中心となり対応していますが、原則 2-2 では、それ
報制度の体制整備と運用状況の監督が取締役会の責務であ
らの策定や改訂を取締役会の責務としている点が特徴的と
ると明記しています。
いえます。
【 原則 2-5.内部通報 】
【 原則 2-2.会社の行動準則の策定・実践 】
上場会社は、ステークホルダーとの適切な協働やその利益の尊重、
健全な事業活動倫理などについて、会社としての価値観を示しその
構成員が従うべき行動準則を定め、実践すべきである。取締役会は、
行動準則の策定・改訂の責務を担い、これが国内外の事業活動の第
一線にまで広く浸透し、遵守されるようにすべきである。
さらに、補充原則 2-2 ①では、取締役会による行動準則の
上場会社は、その従業員等が、不利益を被る危険を懸念することな
く、違法または不適切な行為・情報開示に関する情報や真摯な疑念
を伝えることができるよう、また、伝えられた情報や疑念が客観的
に検証され適切に活用されるよう、内部通報に係る適切な体制整備
を行うべきである。取締役会は、こうした体制整備を実現する責務
を負うとともに、その運用状況を監督すべきである。
内部通報制度が整備されているとしても、年間の通報件
実践状況のレビューが求められ、さらに、そのレビューが「形
数が少ないことが優れた企業の証というわけではなく、むし
式的な遵守確認に終始するべきではない 」とされています。
ろ逆に、ホットラインが有効に機能していない、すなわち通
行動準則実践状況のレビュー
報すべき違法または不適切な行為等が通報されていないか
もしれないという視点で、ホットラインによる通報の仕組み
補充原則 2-2 ①
を見直す必要があります。それが、補充原則 2-5 ①の趣旨で
取締役会は、行動準則が広く実践されているか否かについて、適宜
あり、ここではホットライン通報を促す具体的措置が例示
または定期的にレビューを行うべきである。その際には、実質的に
行動準則の趣旨・精神を尊重する企業文化・風土が存在するか否か
に重点を置くべきであり、形式的な遵守確認に終始すべきではない。
されています。
内部通報窓口の設置
補充原則 2-5 ①
前述のとおり、J-SOXの導入もあり、
「 年次コンプライア
ンス確認書 」等の名称で一斉に従業員に対して確認書への
署名を求める実務は一般的かもしれませんが、それが「 形式
的な遵守確認 」ではなく実効性のあるものとするためには、
上場会社は、内部通報に係る体制整備の一環として、経営陣から独
立した窓口の設置( 例えば、社外取締役と監査役による合議体を窓
口とする等 )を行うべきであり、また、情報提供者の秘匿と不利益取
扱の禁止に関する規律を整備すべきである。
例えば、当該確認書に一定の記述式要素を付加すること、さ
らに追加的なレビューの手段として、サンプル従業員に対
不適切な会計処理に対処するには、会社の自浄機能を高
する個別ヒアリングによる周知度合の調査などが考えられ
めることが重要です。規制当局などへの外部通報によって
ます。どこまで実施すれば「 形式的な遵守確認 」ではないか
違法行為や不適切な行為等が発覚する前に、会社自らが不
は、各企業が置かれた状況次第と思われますが、仮に不適
適切な行為が発生したとしても、その影響が拡大する前に
切な会計処理対応に重点を置くとすれば、財務諸表作成に
適時に把握し正す仕組みが必要です。そのような不適切行
関係のある部門関係者に特化した行動準則の追加項目を策
為等を事後的に発見する仕組みが有効に機能していれば、
定し、次項で説明する内部通報制度の活用を促す仕組みと
それ自体が牽制となり、不適切な行為を未然に防止する機
合わせて周知徹底することが考えられます。海外実務では、
能をも果たすと考えられます。
8
PwC’s View — Vol. 01. February 2016
特集:不適切な会計処理への対応
さらに、補充原則 2-5 ①が示すような経営陣から独立した
高品質な監査のための対応
窓口が設置されている場合であっても、通報を受けた後の
補充原則 3-2 ②
対応が適時かつ適切に実施されない場合は、通報者は二度
取締役会及び監査役会は、少なくとも下記の対応を行うべきである。
と通報しないかもしれません。適時性を重視する場合、海
外拠点を含むホットラインへの通報件数が物理的に処理で
きる水準を超えれば、社外取締役と監査役による合議体を
窓口とする取り組みは、実務上、運用が困難かもしれません。
そのような場合は、例えば、弁護士事務所など外部第三者
機関に第一段階の通報窓口を委託するなどの方法によって、
内部通報制度に期待される目的を達成するような工夫が必
要です。
(ⅰ)高品質な監査を可能とする十分な監査時間の確保
( ⅱ )外部会計監査人から CEO・CFO等の経営陣幹部へのアクセス
( 面談等 )の確保
( ⅲ )外部会計監査人と監査役( 監査役会への出席を含む )
、内部監
査部門や社外取締役との十分な連携の確保
( ⅳ )外部会計監査人が不正を発見し適切な対応を求めた場合や、不
備・問題点を指摘した場合の会社側の対応体制の確立
○監査人と社外取締役との連携
上記補充原則 3-2 ②の( ii )~( iv )について、上場会社であ
5
適正な監査の確保
れば、外部会計監査人と、CEO・CFO等経営陣幹部へのアク
セスの確保、また、監査役( 社外監査役を含む )および内部
監査部門との連携はすでに実施されていると思われますが、
不適切な会計処理を財務諸表が公表される前に発見するディ
外部会計監査人と社外取締役との十分な連携は今まであま
フェンスラインとして外部会計監査は重要であり、原則3-2で
り意識されなかったかもしれません。しかし、不適切な会
は、外部会計監査人のそのような責務が明示されています。
計処理が業務執行取締役を含む経営陣幹部主導で行われる
リスクがあるとすれば、外部会計監査人と社外役員との十
【 原則 3-2.外部会計監査人 】
外部会計監査人及び上場会社は、外部会計監査人が株主・投資家に
対して責務を負っていることを認識し、適正な監査の確保に向けて
適切な対応を行うべきである。
補充原則 3-2 ①では、外部会計監査人の選定と評価をす
分な連携なしには対処が困難であり、また、外部会計監査人
が不正を発見した場合の会社側の対応体制としても、社外
役員が果たす役割は重要ですので、今後、外部会計監査人
と社外取締役との連携を強化していく必要があります。
○監査の品質
るための基準の策定および独立性・専門性の確認を監査役
上記補充原則 3-2 ②( i )が言及する「 監査の品質 」をめぐ
会( もしくは監査委員会、監査等委員会 )が実施すべきであ
る議論は、諸外国においても近年活発化しています。例え
るとしています。
ば、米国の公開会社会計監督委員会( PCAOB )は、監査の品
監査役会による外部会計監査人候補選定基準の策定等
質を数値化し測定する試みとして、監査の品質指標( AQIs )
の草案 5 を公表し広く意見を募集しました。欧州 EU加盟国
補充原則 3-2 ①
における監査法人のローテーション制度 6 や英国ですでに導
監査役会は、少なくとも下記の対応を行うべきである。
入されている長文式の監査報告書 7 等と合わせて、外部会計
(ⅰ)外部会計監査人候補を適切に選定し外部会計監査人を適切に
評価するための基準の策定
(ⅱ)外部会計監査人に求められる独立性と専門性を有しているか否
かについての確認
監査のあり方が大きく変わろうとしています。本稿では誌
面の関係上、それらの詳細についての解説を省略しますが、
ご質問は別途 PwCあらた監査法人 Centre for Corporate
Governance in Japanにお問い合わせください。
さらに、補充原則 3-2 ②は、高品質な監査のために必要な
コーポレートガバナンス・コードは、日本国内の上場会社
条件等が、取締役会および監査役会が対応すべきこととし
を対象としたものであると同時に、外部会計監査人の責務
て列挙されています。
についても言及する規律として、われわれは真摯に受け止
5
6
7
PCAOB Release No. 2015-005, Concept Release on Audit Quality Indicators, July 1, 2015. 次 のウェ ブ サイトから入 手 可 能。http://pcaobus.org/Rules/Rulemaking/
Docket%20041/Release_2015_005.pdf EU 加盟国においては、EU 法定監査指令(2014/56/EU)に基づき、2016 年 6 月 17 日以後開始する会計年度から、上場会社・金融機関・投資ファンド・年金基金など公益性の高い事業体( PIEs:
Public Interest Entities)すべての監査を対象として、10 年間(合同監査の場合は 14 年間。また、例外的に 2 年間の延長が認められる場合がある)を上限とした法定監査法人の強制ローテー
ション制度が導入されている。EU 法定監査指令の原文(英語)は、次のウェブサイトから入手可能。http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32014L0056&fro
m=EN 英国では、2013 年 6 月に UK およびアイルランド国際監査基準 700 号改訂( ISA700( UK and Ireland)
( Revised)The independent auditor s report on financial statements)により、
従来の監査報告書文言に加えて、重要な虚偽表示リスクに関する監査人の評価、監査上の重要性の基準値等が記載されるようになり、2012 年 10 月 1 日以後開始する会計年度の監査報告書
から適用されている。監査報告書の長文化に関しては、国際監査・保証基準審議会( IAASB)や PCAOB でも同様の動きがあり、日本においても金融庁に設置された「会計監査の在り方に関
する懇談会」
(第 2 回)で議論されている。当該懇談会の議事録は次のリンク先から入手可能。http://www.fsa.go.jp/singi/kaikeikansanoarikata/gijiyousi/20151120.html
PwC’s View — Vol. 01. February 2016
9
特集:不適切な会計処理への対応
めています。
会( SEC)規則 8 では、米国公開会社の監査委員会メンバーの
うち少なくとも1名は財務の専門家(ACFE:audit committee
6
監査役および監査役会の役割・責務
financial expert )と取締役会が判断する者でなければなら
ないとされていますが、ニューヨーク証券取引所( NYSE)の
上場規則 9 では、さらに、監査委員会のメンバー全員が独立
原則 4-4 では、監査役および監査役会の「 守りの機能 」の
取締役であり、かつ、財務会計上の一定の専門性( financial
重要性が強調されています。
literacy)を有することが求められています。ナスダックでは、
【 原則 4-4.監査役及び監査役会の役割・責務 】
と同様ですが、一定の専門性(financial sophistication)を有
監査委員会のメンバー全員が独立取締役であることはNYSE
監査役及び監査役会は、取締役の職務の執行の監査、外部会計監査
人の選解任や監査報酬に係る権限の行使などの役割・責務を果たす
に当たって、株主に対する受託者責任を踏まえ、独立した客観的な
立場において適切な判断を行うべきである。
するメンバーは1名でよいとされています 10。
不適切な会計処理事案では、監査委員会もしくは監査役
会に財務会計の専門性を有する専門家が同社の元 CFO( 独
また、監査役及び監査役会に期待される重要な役割・責務には、業
立社外取締役の要件を満たさない )を除き不在であるなど、
務監査・会計監査をはじめとするいわば「 守りの機能 」があるが、こ
会社の会計処理を客観的視点から監督するために必要な知
うした機能を含め、その役割・責務を十分に果たすためには、自ら
の守備範囲を過度に狭く捉えることは適切でなく、能動的・積極的
に権限を行使し、取締役会においてあるいは経営陣に対して適切に
意見を述べるべきである。
見が不十分であった可能性があります。また、複雑な取引
を理解し適切な会計方針を選択した上でそれを正しく適用
するためには、継続的な会計基準に関する知識のアップデー
トが不可欠です。
ここでいう「 自らの守備範囲を過度に狭く捉えることは適
切でなく 」とは、例えば会社法における監査役の役割・責
兼任状況の開示
務だけを自らの守備範囲とするものではないこと、監査役
補充原則 4-11 ②
として最低限のことさえやればよいというものではないこ
社外取締役・社外監査役をはじめ、取締役・監査役は、その役割・
責務を適切に果たすために必要となる時間・労力を取締役・監査役
とを意図していると考えられます。会社法上の独任機関と
の業務に振り向けるべきである。こうした観点から、例えば、取締役・
しての監査役の監査は、監査委員会および監査等委員会に
監査役が他の上場会社の役員を兼任する場合には、その数は合理的
よる内部統制システムを利用した組織的な監査とは異なり、
な範囲にとどめるべきであり、上場会社は、その兼任状況を毎年開
もっぱら監査役自らが調査を行うことが想定されています。
示すべきである。
しかし、実務上は監査役も内部監査部門やその他の関連部
前述のように、ますます責任範囲が拡大する状況下では、
門と連携しつつ監査役としての監査を行っている場合もあ
ります。そのような法令の枠にとらわれない積極的な役割・
取締役・監査役がその責務を果たすために必要な時間数も
責務の遂行を、原則 4-4 は期待しているものと考えられま
増加します。十分な時間を確保するための兼任状況に関す
す。
る開示を要求することは、一定の牽制効果を期待してのこと
です。具体的な兼任数を明示していませんが、前述の NYSE
【 原則 4-11.取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件 】
取締役会は、その役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・
能力を全体としてバランス良く備え、多様性と適正規模を両立させ
る形で構成されるべきである。また、監査役には、財務・会計に関
する適切な知見を有している者が 1 名以上選任されるべきである。
取締役会は、取締役会全体としての実効性に関する分析・評
では 3 社を超える公開会社の監査委員会メンバーを兼任し
ている場合は、それでもなお上場会社の監査委員会メンバー
としての責務を十分に果たすことができるという合理的な
説明を取締役会が開示する必要があるとされています。
【 原則 4-13.情報入手と支援体制 】
価を行うことなどにより、その機能の向上を図るべきである。
「 監査役には、財務・会計に関する適切な知見を有してい
る者が1名以上選任されるべき」とは、近年複雑化する会社
の取引や会計基準を反映してのことですが、諸外国ではさら
に厳格な要件が示されています。例えば、米国証券取引委員
(5)
( ii), SEC Regulation S-K による。
8
Item 407( d)
9
NYSE Listing Manual, Rule 303A.07 Audit Committee Additional Requirements による。
10 NASDAQ Listing Manual, Rule 5605( c)2( A)による。
10
PwC’s View — Vol. 01. February 2016
取締役・監査役は、その役割・責務を実効的に果たすために、能動
的に情報を入手すべきであり、必要に応じ、会社に対して追加の情
報提供を求めるべきである。
また、上場会社は、人員面を含む取締役・監査役の支援体制を整え
るべきである。取締役会・監査役会は、各取締役・監査役が求める
情報の円滑な提供が確保されているかどうかを確認すべきである。
特集:不適切な会計処理への対応
外部の専門家の助言
補充原則 4-13 ②
取締役・監査役は、必要と考える場合には、会社の費用において外
部の専門家の助言を得ることも考慮すべきである。
みを検討する必要があると思われます。
おわりに
コードにおける「 守り 」の側面は、国内上場会社にとって
は何も新しいことではありません。特に不正対応の行動準
さらに、原則 4-13 では、取締役・監査役が責務を実効的
則の設定と実践、内部通報制度( ホットライン等 )の導入や
に果たすための情報入手と支援体制の確保、補充原則 4-13
内部監査部門と外部会計監査人との連携等は、2008 年 4 月
②では、会社の費用負担で外部専門家の助言を取締役・監
1日以後開始する事業年度から適用されている内部統制報
査役が得ることができる体制を要請しています。これらは、
告制度( J-SOX )を契機として整備・運用済みです。しかし、
いずれも実効性のある取締役・監査役の支援体制構築をサ
J-SOXの導入から久しく、半ばルーチン化し実効性が伴わ
ポートするものです。
ない内部統制の仕組みがあるとすれば、コーポレートガバ
内部監査部門と取締役・監査役との連携
補充原則 4-13 ③
上場会社は、内部監査部門と取締役・監査役との連携を確保すべき
である。
また、上場会社は、例えば、社外取締役・社外監査役の指示を受け
て会社の情報を適確に提供できるよう社内との連絡・調整にあたる
ナンス・コードの適用をきっかけとした見直しと再活性化
の好機ではないでしょうか。
私たちが不正リスクに対応した会計監査を実施する上で、
「 不正のトライアングル( 3 要素 )」といわれる概念がありま
す。それは、①予算必達など不正行為の動機やインセンティ
ブがあること( pressure )
、②不十分な内部統制の仕組みな
者の選任など、社外取締役や社外監査役に必要な情報を適確に提供
ど不正行為の機会( opportunity )があること、そして、③
するための工夫を行うべきである。
企業風土など不正行為を正当化( rationalization )する環境
があることの3 要素が同時に存在する時に不正リスクがもっ
不適切な会計処理対応の有効な仕組みとして、内部監査
とも高まるという考えです。コードの「 守り 」の側面は、こ
部門と取締役・監査役との連携確保が挙げられます。補充
れら3要素をカバーするように設計されています。とりわけ、
原則 4-13 ③は、これらの連携と、社外取締役や社外監査役
③への対応として、経営トップの姿勢( tone at the topまた
がその責務を果たす上で十分な会社の情報を入手できる体
は tone from the topともいわれる )が、強固なガバナンス
制の構築を要求しています。
体制の構築と維持にとって不可欠といわれます。経営トッ
ほとんどの上場会社は組織上 CEOまたは社長直下に内部
プの短期的志向によって不適切な会計処理を容認するよう
監査部門を設置し、主に J-SOX対応の内部統制監査業務に
な企業風土を助長しないように、中長期的視点に立った経
加えて、経営監査、業務監査等を受け持つ場合が一般的で
営理念の丁寧な株主への説明と建設的対話によって、辛抱
すが、その守備範囲は会社によって多様です。仮に、経営陣
強く会社の成長を見守ってくれる株主が増えることを願い
幹部が不適切経理に関与し、内部監査部門がその兆候に気
ます。
づいた際には、連携先としての監査役や社外取締役が果た
す役割は重要です。さらに、内部監査部門の機能組織上の
報告先( レポーティングライン )が監査委員会、監査等委員
会であれば、より一層、経営陣から独立した視点での内部監
査が強化されると思われます。
北米諸国( 米国やカナダ )の実務では、約 8 割の企業に
おいて、内部監査部門の機能組織上の報告( functional
reporting )先が取締役会・監査委員会であり、同時に CEO
にも報告( administrative reporting )しますが、内部監査
部門の人事異動には監査委員会の同意を必要とするような、
CEOから一定の距離をおく仕組みが一般的です 11。
日本においても、諸外国の実務を参考に、レポーティング
ラインを含めた内部監査部門の機能強化を図るための仕組
井坂 久仁子( いさか くにこ)
PwCあらた監査法人
成長戦略支援 製造・流通・サービス( MDS )本部 ディレクター
株式会社東京証券取引所の委託調査として「 コーポレートガバナンス・
コード等に関する海外運用実態調査 」
( 2014 年 )を担当。
メールアドレス:[email protected]
11 The Institute of Internal Auditors, 2015 Global Pulse of Internal Audit ( July 2015)の Exhibit 6 Functional Reporting Line for CAEより引用。なお、CAEとは、Chief Audit
Executive の略である。
PwC’s View — Vol. 01. February 2016
11
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