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新たな地域での パワーハウスの構築: 東南アジア地域における

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新たな地域での パワーハウスの構築: 東南アジア地域における
新たな地域での
パワーハウスの構築 :
東南アジア地域における
成功戦略
東南アジア市場には、邦銀がビジネス
を拡大していく上で大きなポテンシャ
ルがある。しかし、これらの機会を最大
限に利用していくためには、新たな戦
略、発想およびビジネスの進め方が求
められる。
www.pwc.com/jp
目次
はじめに 4
新たな未来に向けて
成長機会は身近なところにある 6
東南アジア地域での拡大が勧められる論拠
成功に向けた準備 12
市場の可能性を最大限に活用していくために
お問い合わせ先 18
新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略 3
はじめに
新たな未来に向けて
「新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成
功戦略」を紹介する。
本報告書では、貴行が東南アジア地域に
おけるビジネスを拡大していくために、当
法人がこれまでに多くの邦銀を支援した
経験や、邦銀が東南アジアでターゲット
とする市場に関する私たちの知見、および
2000 年代の欧米銀行による当地域への進
出から学ぶことのできる教訓などを踏ま
えて考察する。
現在、日本経済は新たな成長の軌道に乗
りつつあるが、一方で労働年齢人口縮小の
影響は、長期的な視点からは成長の制約を
もたらすといえる。とりわけ、国内の成熟
し、かつ飽和した市場で事業を営んでいる
邦銀にとって、このままでは成長の可能性
は限られたものとなる。銀行の規模や国
際的な重要性を反映した「グローバルにシ
ステム上重要な銀行(G-SIB)」29 行にリス
トアップされているアジア系 5 グループ
のうち、3 グループが日系の銀行グループ
である 1。しかし、今後もこのステータス
を維持していくためには、海外で急成長し
ている市場への参入を積極的に進めてい
くことが不可欠である。
経済成長を続けている東南アジアはビ
ジネス面からは非常に大きな可能性があ
り、既に邦銀の多くが注力している市場で
ある。しかし、邦銀がこの可能性を最大限
に活用していくためには、日系企業向けの
円や米ドルなどを中心とする貸付からビ
ジネスの転換を図り、より一段と現地での
存在感を高めるための施策を行っていく
ことが必要となる。これには、現地の地場
企業およびリテール顧客向けの現地通貨
建融資や、その他の高度な金融商品の提供
をこれまで以上に拡大していくことなど
が含まれるであろう。
私たちは、銀行が海外での成長に向けた
効率的なプラットフォームを確立するた
めには、グループのオペレーションを管理
するための新たなアプローチが必要にな
ると考える。具体的なビジネスの展開方
法としては、各地域のハブ拠点が当該地域
を統括する体制をとることが挙げられ、一
部の先進的な銀行は既にこのアプローチ
を採用している。また、これらのハブ拠点
には、銀行の戦略に適した買収ターゲット
1 「グローバルにシステム上重要な銀行」に関するアップデート、Financial Stability Board 2013 年 11 月 11 日
4 PwC 新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略
を選定するために現地事情に詳しい経験
豊富な国際チームと、地域統括を強力に推
進するために必要なマネジメント人材が
配属されることになる。このアプローチ
を機能させ、買収戦略を実行し、相応の成
果をあげるためには、地域の統括拠点への
権限の委譲を本格的に進めることが必要
である。
買収した企業において現地の数少ない
優秀な人材に継続して働いてもらうため
に重要なことは、彼らが日本人の同僚と同
じキャリア形成の機会を与えられるよう
にすることである。また、グループ内での
コミュニケーションを強化し、ターゲット
市場における優秀な人材へのアクセスの
幅を広げていくために、英語を組織の公用
語とした一部の日系インターネット通販
会社の先例に続くことも必要となってく
るであろう。これらを実際に行うことは
抜本的な企業文化の変革になるが、より機
敏で起業家精神にあふれた多様化したグ
ループを組織のなかに創り出すことが、
東南アジア地域のみならずより広範なグ
ローバルマーケットにおいて、競争力を高
めていくことにつながるものと考える。
本報告書が皆さまのお役に立ち、また、
関心を持っていただけましたら幸いです。
経済成長を続けている東南ア
ジアはビジネス面からは非常
に大きな可能性があり、既に
邦銀の多くが注力している市
場である。
ご質問やご相談がございましたら、私ど
も、もしくは 18 ページに記載されている
執筆者までご遠慮なく連絡いただけます
よう、よろしくお願い申し上げます。
近江恵吾
パートナー
金融サービス事業部
マーケットリーダー
PwC Japan
田中玲
パートナー
金融サービス事業部
銀行証券部門コンサルティングリーダー
PwC Japan
新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略 5
成長機会は身近なところにある
東南アジア地域での拡大が
勧められる論拠
邦銀がグローバルな大手金融機関と伍して存在感を維持していく
ためには、日本の国内市場から視点を外に向ける必要がある。今後
の成長が見込める大きなビジネスチャンスのいくつかは、東南アジ
アという日本に近い地域に存在している。
すことに躊躇する状態が続いている。ま
た、より長期的には、ベビーブーマー世代
の高齢化と少子化により、日本の労働年齢
人口は 2050 年までに 30% 以上減少する
ことが予測されている(図 1:人口減少の
規模に関する日本、インド、中国の比較)。
日本が一人当たりの GDP が年間 45,000
米ドル以上 2、世界第 3 位の経済大国であ
労働年齢人口の縮小による日本経済お
よび銀行市場への影響は、人口ボーナスを
ることを踏まえると、国内市場が重要な市 背景に GDP と銀行の与信残高の両方で今
場であることに変わりはない(資産規模、 後 20 年間で日本を超えることが見込まれ
世界第 2 位)3。
るインドとの比較においても顕著である
(図 2:将来の相対的な成長率に関する当
しかし、金融緩和政策が継続され最近に 法人の予測)。
なって貸出残高の拡大に転じたものの、多
くの企業や消費者はいまだに借入を増や
図 1 労働年齢人口(16-65 歳)の比較
インド +44.7%
中国 -18.6%
1,143
1,200
日本 -31.5%
1,200
90
971
790
800
790
800
81
71
55
60
460
400
400
308
30
0
0
1970
2010
2050
0
1970
出典: 国連人口局、PwC による分析
注記: 過去データ(1970 年および 2010 年)予測中間値(2050 年)
2 World Bank 、一人当たり GDP(2009–2013 平均)
3 「2050 年における銀行業界の展望」、PwC 2011 年
6 PwC 新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略
2010
2050
1970
2010
2050
図 2 米国、中国、インド、日本での国内銀行による与信
国内与信(10 億米ドル /2009 年の為替レート)
80,000
70,000
60,000
50,000
30,000
40,000
20,000
10,000
0
2009
2019
2024
2029
2034
2039
2044
2049
n 米国 n 中国 n インド n 日本
出典: IMF のデータ(基準年 — 2009 年)に基づく PwC による分析
対照的に東南アジアは、当地域がアジア経済の「第 3 の柱」として台頭していく中、邦
銀が投資を行い成長していく上で大きな余地を示している(図 3 を参照)。
図 3 東南アジア地域における投資と成長の拡大
5.6
120
インド
28.0
312
16.6
日本
中国
9.0
台湾
4.1
80
12.7
香港
韓国
73.1
202
5.1
15.7
15
タイ
13.1
8.0
マレーシア
11
31.5
インドネシア
日本が一人当たりの GDP が年
間 45,000 米ドル以上、世界第
3 位の経済大国であることを
踏まえると、国内市場が重要
な市場であることに変わりは
ない。
ベトナム
10.5
68.1
オーストラリア
49.5
6.7
ニュージーランド
2.7
15.7
フィリピン
3.2
19.1
n 対内直接投資予測(2013 年)
n 対内直接投資予測(2018 年)
出典: Economist Intelligence Unit
新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略 7
図 4 貿易の流れの変化
輸出先
10億米ドル
ASEAN
アジア・太平洋
日本
輸出元
中国
European
Union
米国
125
110
139
144
81.5
142
3.6%
-5.8%
0.4%
7.8
2008
110
日本
2012
136
CAGR (%)
5.4%
2008
252
106
89
117
110
2012
325
126
142
125
123
CAGR (%)
6.6%
4.5%
12.4%
1.7%
2.2%
ASEAN
N/A
注記: ASEAN(東南アジア諸国連合)
:ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、
マレーシア、ミャン
マー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム
出典: WTO、PwC による分析
東南アジアが邦銀を引きつける要因は、
GDP の成長や東南アジア各国における資
産のみでなく、東南アジア地域内および中
国との貿易の拡大にある。図 4 が示すよう
に、域内貿易は、EU や米国との貿易に比し
て一層速いテンポで拡大している。
域内貿易が急成長を遂げている具体的
な例としては、人口が米国を凌駕している
大メコン圏 4 が挙げられる。大規模なイン
フラ投資により、産業発展がタイ、ベトナ
ムを中心とした地域から、ミャンマー、カ
ンボジア、ラオスへ拡大し、相互関連が強
まっている。
金融インフラの発展は、東南アジア地域
間での貿易拡大に貢献している。また、そ
れらインフラの多くはシンガポールなど
の地域のハブ拠点に集約されており、そこ
ではリスク分析、貿易金融、商品取引など
の鍵となる分野に関する重要な専門知識
や能力が提供されている。
日本と東南アジアの国々との二国間貿
易は重要な位置を占めており(図 5 を参
照)、アジア全体でみると、日本の輸出の約
60 %を占めている(図 6 を参照)。この一
方で、日本を経由しない域内貿易の割合も
増加しており、邦銀がこれらの詳細につい
てまで十分把握しきれていない可能性も
ある。日本と中国を当地域における主要
な貿易のハブ拠点として、そこから地域に
展開していくというこれまでの貿易モデ
ルは、このモザイクのような様相で急成長
する貿易関係によって取って変わられつ
つある。将来ますます存在感が高まるで
あろうこれらの貿易の流れを十分に捕捉
して金融ビジネスにつなげるためには、現
地市場に根差し、現地の企業を顧客として
取り込むことによってしかできないと考
える。一つの貿易圏として位置づけられ
ている ASEAN の台頭は、当地域が、特に中
東など他の地域との貿易協定においても、
次第に重要な役割を担っていくことを示
している。
4 Asia Development Bank のウェブサイト、2014 年 1 月 31 日
8 PwC 新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略
日系企業が成長を続ける南米、アフリ
カ、アジア、中東(PwC が「SAAAME」と呼
ぶ地域)で事業を拡大していく中、銀行が
SAAAME 域内間の貿易に関連した金融ビ
ジネスを取りこむことの重要性は一段と
高まっている。当法人では、この点につ
い て PwC Project Blue(www.pwc.com/
project blue)にて、詳細な分析を行ってい
るので参考にしていただきたい。
日本と中国を当地域における主要な貿易のハブ拠点として、そこか
ら地域に展開していくというこれまでの貿易モデルは、このモザイ
クのような様相で急成長する貿易関係によって取って変わられつ
つある。
図 5 二国間貿易
10 億米ドル
日本とアジアとの貿易の流れ
500
産業用機械装置(6%)
主要産業の輸出 ●
オフィス / 電気通信設備(5%)
(CAGR)
● 化学製品
(5%)
●
450
400
主要産業の輸入
(CAGR)
350
300
250
主要産業の輸出
(CAGR)
200
●
●
●
鉱石 / 金属(6%)
道路 / 輸送設備(4%)
オフィス / 電気通信設備(6%)
繊維(9%)
● その他の製品
(9%)
●
●
化学(-1%)
主要産業の輸出
(CAGR)
150
100
●
主要産業の輸入
(CAGR)
オフィス / 電気通信設備(-2%)
●
燃料(11%)
50
0
2013
2018
2013
中国
2018
2013
韓国
2018
台湾
2013
2018
香港
2013
2018
2013
タイ
2018
シンガポール
2013
2018
マレーシア
2013
2018
インドネシア
2013
2018
ベトナム
n 輸出 n 輸入
出典: WTO、PwC による分析
図 6 日本との貿易関係の拡大
105.7
144.2
EU
61.5
146
韓国
米国
146b
中国
54.3
81.4
142
129
128.9
ASEAN
46.1
台湾
44.9
86.8
54.3
アフリカ
10.6
n 2007 n 2012 日本からの主要貿易相手国向け輸出(2007 年、2012 年)
(10 億米ドル)
出典: WTO
新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略 9
与信の伸び
経済成長の台頭は貸出市場の変化にも
表れている。日本を除くアジア地域にお
ける貸出残高は 2007 年から 2012 年まで
の間に 60%以上拡大し、1 兆 6,600 億米ド
ルに達した 5。東南アジア市場の可能性を
示す一例として、2013 年にアジアで最も
利益が伸びたのはシンガポールの United
Overseas Bank で、また、最も高い ROE(株
主資本利益率)を記録したのはインドネシ
アの Bank Rakyat Indonesia であった 6。
東南アジアにおける銀行業の長期的な
将来性は、比較的若い人口構成や、ミドル
クラスの急成長、およびより幅広く高度な
金融サービス商品への需要の高まりによ
り支えられている。私たちは、インドネシ
ア、ベトナムの国内銀行資産は 2030 年ま
でに現在の 7 倍以上に拡大し、それぞれ 1
兆 4,000 億米ドル、9,000 億米ドルに達す
ると見込んでいる。
私たちは、インドネシア、ベトナ
ムの国内銀行資産は 2030 年ま
で に 現 在 の 7 倍 以 上 に 拡 大 し、
そ れ ぞ れ 1 兆 4,000 億 米 ド ル、
9,000 億米ドルに達すると見込
んでいる。
海外融資に対する新たな意欲
ボーダー融資全体のまだ 10% 程度しか占
めていない。米系、英国系の銀行の後を追
う格好となっていることを勘案すると、逆
にこれからさらに成長する可能性がある
といえる。
国内の資金需要がいまだに停滞してい
る中、余剰資金を運用するために、海外融
資に拍車がかけられている。国際的な活
動が高まっていることは、邦銀が今や世界
最大のクロスボーダー取引の貸手となっ
ており(米国、英国、ドイツを抜き、世界全
体の 13%を占める 9)、また、利益の 40%
以上が海外で生み出されているケースも
あることにも反映されている(10 年前は
10%未満)10。ただ、この水準は、クロス
ボーダー融資について邦銀が世界全体で
36% のシェアを占めていた 1989 年に比
べるとかなり低いものである。また、クロ
スボーダー融資の約 70% は先進国向けで
ある。図 7 が示すように、アジア太平洋地
域向けの与信は最近になって大きく伸び
ているものの、邦銀全体におけるクロス
現在、東南アジアにおける日本からの与
信の大半はドルや円建てとなっており、大
手企業や重要なプロジェクトが対象とさ
れている。当地域における与信を積み上
げて潜在的なビジネスチャンスを満たし
ていく上では、現地通貨による与信を拡大
するとともに、幅広い顧客層に与信を広
げていく覚悟が求められる。これには、リ
テール顧客や、中小企業顧客を与信の対象
とすることも含まれる。また、そのために
は、当該地域における存在感の向上や、審
査手法の向上、通貨ヘッジ、その他のリス
ク管理能力が求められる。
日本には、預金による強固な資金調達
ベースがある(GDP に占める貯蓄の割合は
22% であり 7、また、個人の金融資産の半分
以上が銀行預金となっている 8)。
図 7 アジア太平洋地域に対する邦銀の対外債権*
邦銀による対外債権(損失認識基準(10 億米ドル))
70
60
50
40
30
20
  5 Wall Street Journal、2013 年 4 月 22 日
  6 「The Asian Banker」誌、2013 年度の
パフォーマンスランキング
  7 World Bank 、一人当たり GDP に占める預金の割合
(2009–2013 年平均)
  8 日本銀行統計、2013 年 3 月 31 日
  9 Bank of International Settlement、
四半期レビュー、2013 年 9 月
10 Standard & Poor’ s による「Ratings Direct」
2013 年 10 月 21 日
10
0
6 月 08
6 月 09
6 月 10
6 月 11
6 月 12
6 月 13
–– 中国 –– インド –– インドネシア –– マレーシア –– フィリピン
–– シンガポール –– 韓国 –– タイ –– ベトナム
注記: BIS による定義では、
「債権」とは、全ての金融資産(他行への預金、残高を含む)、ノンバンク / 銀行
へのローンや前払い、債券の保有を意味する。
出典: BIS、PwC による分析
10 PwC 新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略
邦銀はアジア地域に何をもたらすことができるか
それでは、邦銀は現地や他国の競合相手が提供できないものとして、東南アジアの顧客に何を提供することができるだろうか。
また、何が邦銀の強みとなりえるのだろうか。
1
2
3
資金調達
経験
緊密な貿易関係
借入需要が拡大する一方、貯蓄が縮小し
ていることで、多くの東南アジア市場では
資金不足の拡大と調達コストの上昇につ
ながっている。そのため、現地の銀行の多
くは、成長を続けるために、日本からの投
資を呼び込むことに熱心である。とりわ
けベトナムなど一部の市場では、資本の調
達状況が厳しくより多くの資金を確保す
る必要性が生じている。
1960 年代から 1980 年代にかけて自国
の急激な経済成長を経験した邦銀は、経済
や市場が急速に拡大するなかでの対応方
法に関する実体験に基づく貴重な知識を
有している。
日本企業の現地進出サポートを通じて、
邦銀はそれぞれの業種の市場見通しにつ
いて見識のある長期的な視野を提供する
ことができる。また、邦銀は環太平洋戦略
的経済連携協定(TPP)や、この地域におけ
るその他の貿易協定を地域の発展に活用
することができる。
4
5
6
選択肢の拡大とサービス
現地に合わせたアプローチ
成長への貢献
邦銀は現地顧客に対して、幅広い金融商
品(例えば住宅ローンの選択肢の拡大)と、
より迅速で、感度の高い金融サービスを提
供するための技術面でのサポートを提供
することができる。
邦銀は当地域と長期にわたる経済的、文
化的なつながりを有していることから、顧
客や規制当局との関係構築にこれを役立
てることができる。また、邦銀のリスク選
好度は、他国の銀行に比べて現地市場の特
性に適していると考えられる。特に、当地
域で営業を行っている米系、欧州系の一部
の銀行は、本社から課されたリスク基準を
満たさないという理由で、多くの現地企業
に対して貸付やその他のサービス提供に
消極的な姿勢を取っているため、これらの
銀行においては、成長のための可能性がほ
とんど断たれた状態となっている。邦銀
は、ビジネス拡大とリスク管理とのバラン
スに関して、白黒をはっきりさせた姿勢で
はなく、より現地に合わせたアプローチを
取ることができる可能性がある。
日本は引き続き当地域における投資お
よび経済支援の最大の提供者となる。日本
政府の東南アジアに対する外交政策を背
景に、邦銀は当地域における経済および金
融市場育成のための重要な貢献者として
認識されている。地域の政府の多くは、邦
銀が当該地域の経済発展に貢献し、インフ
ラの改善に向けたプロジェクトファイナ
ンスを提供するために現地の銀行とパー
トナーシップを組みたいと考えているこ
とに対して、よりオープンな姿勢を取って
いる。
新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略 11
成功に向けた準備
市場の可能性を最大限に
活用していくために
現地で存在感を示すことは重要である。ただし、戦略面での適合性
や現地市場における需要を考慮に入れていない単に「追随的な」拡
大戦略では、失敗することが経験上示されている。貴行が成功する
ためにはどのようにターゲットとするビジネス戦略を立案し、組織
としての対応能力の構築を図っていけばいいのだろうか。
自動車および電機産業を中心として、多
くの主要な日系企業は相当程度のグロー
バル化を進めている。これに比べて、銀行
のグローバル化の進展度合いはあまり高
くない。過去の銀行のグローバル戦略は、
主として日系企業が新規市場に進出する
際の支援を行うことを目指していたが、
現在は現地企業およびリテール顧客層を
ターゲットとするニーズも拡大している。
歴史的、政治的事情などもあり、投資の
焦点は中国、韓国の他にも、シンガポール
を重要な地域ハブ拠点としつつ、タイ、ベ
トナム、マレーシア、インドネシアにも広
がっている。さらにはミャンマー、フィリ
ピンなどの多くのフロンティア市場も対
象地域に入りつつある。
ループ(MUFG)がタイのアユタヤ銀行の
経営支配権を 53.1 億ドルで取得したこと
が挙げられる。これは、邦銀による東南ア
ジア地域における最大規模の買収となる
11
。MUFG は今回の銀行買収を、タイにお
ける強固なリテールおよび中小企業向け
銀行プラットフォームを構築する機会だ
けでなく、大メコン経済圏のその他の地域
への進出も可能とするものとして捉えて
いる 12。また、三井住友フィナンシャルグ
ループも 2013 年に、インドネシアの Bank
Tabungan の株式 40% の取得を最終的な目
標とした最初の買い付けを実施した 13。
短期的には、為替レートの動向により海
外投資への意欲に影響が生じる可能性が
あるものの、市場環境や投資条件がそろう
などの組み合わせに恵まれれば、M&A 活
動にさらなる拍車がかけられると考える。
銀行は買収という手段をとることで、グ
リーンフィールド投資よりも、より迅速に
マーケットシェアを獲得することが可能
となる。また、外国資本による出資の制限
が課されている地域もあるが、そのような
場合でも、戦略的株式保有やジョイントベ
ンチャーにより影響力をもち、サービスの
近年行われた大規模な取引としては、 提供を可能にすることができる。
2013 年に三菱東京 UFJ フィナンシャルグ
11 Reuters、2013 年 12 月 18 日
12 MUFG 投資家向けプレゼンテーション、2013 年 7 月 2 日
13 Bloomberg、2013 年 5 月
12 PwC 新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略
将来の成長に向けた
強固なプラットフォームの構築
また一方で、これらの地域は参入が容易
ではない市場でもある。日系および外資
系による、当該地域での買収および投資の
相当数が、期待されたリターンを実現して
いない。
戦略を策定する上では、それが市場に適
合していることが重要である。東南アジ
ア全体に対する戦略の策定はもちろん重
要だが、その際には国ごとの経済の発展状
況、優先すべき項目、規制システムなどに
ついても十分に考慮する必要がある。
貴行が東南アジアへ進出することによ
り、顧客ベースやビジネスモデルに大きな
変化が生じるかもしれない。例えば、企業
向け融資を中心としたビジネスから、消費
者金融中心へとシフトする可能性もある。
従って、M&A を行うにあたっては、その取
引が価値を創出していく上での十分なシ
ナジーを有する一方、新しい組織を運営し
ていくための必要な専門知識を有してい
ることが重要となる。
現地の人材を引き付け、維持することも
同程度の重要性を持つものの、銀行のマネ
ジメントがそのことに十分留意するとは
限らない。ビジネスをこれまで築き上げ、
現地市場に精通している人材を保持し、今
後も継続して勤務してもらえるよう動機
づけることは必須事項である。もし、現地
の人材が、ビジネスを進めていく上で発言
権を有していないと感じ、グループ内での
長期的なキャリア形成を見据えることが
できない場合には、彼らはすぐに幻滅し、
退職してしまう可能性がある。
のヘッドなど、特定のシニアポジションに
ついては、その分野における現地資格を持
つプロフェショナルを配置することが求
められる場合があることからも生じてい
る。
根本的な課題は、既存のビジネス、業務
運営体制、ガバナンスモデルをどのように
して、経済的、文化的にも違う市場で、かつ
非常に異なる需要構造に適応させていけ
るかということになる。
能力のある人材が不足している市場で
人材獲得競争が激しくなっていることか
らも、重要な人材を失うリスクは高まって
いる。特に、供給側における人材不足は、
リスク管理、財務、コンプライアンス部門
新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略 13
貴行のビジネスに優位性をもたらすために
日本およびその他の国際的な銀行のこれまでの事例を踏まえ、最も有効に機能したビジネス戦略は、以下のようなターゲット選定、
統合作業、組織の対応能力に裏打ちされたものであると、私たちは考える。
1
2
3
成長戦略の実行に向けた対象の選定と
調整に地域ハブ拠点を活用する
拡大と統合に向けたシナリオの策定 権限の委譲とコントロールの間での 適正なバランスの設定
効果的なアプローチは、地域戦略を日本
で計画、運営していくのではなく、地域に
ハブ拠点を設置して、そこで戦略の策定と
調整を実施していくことである。
一部の邦銀は既に米国やその他の先進
国市場にて、拡大戦略を成功裏に実行して
いる。東南アジアでビジネスを進展させ
ていく上では、このような欧米で実行され
た「戦略シナリオ(プレイブック)」を活用
していくことが重要となる。最も成功し
た戦略では、段階的アプローチが取られて
いる。これはまず最初に、戦略的に少数持
分を取得して現地市場における感触をつ
かんでから、より多くの投資を行い、最終
的に支配権を獲得するといったことが含
まれる。
ハブ拠点の人材は、潜在的買収先が戦略
に適合していることを評価することがで
きる M&A の専門知識と現地市場について
十分な知識を有する必要がある。その一
環として、彼らはビジネスを推進していく
上で鍵をにぎる人材を社内や社外から特
定し、確保するための計画を立案できなけ
ればならない。
政府が自国のトップ銀行が買収される
ことに躊躇する可能性もあるため、買収
ターゲットには規模の小さな銀行も含ん
だものとなるであろう。顧客と規制当局
は地域に対する長期的なコミットメント
を望んでいるが、これには、当該市場への
投資や、リレーションシップの構築、ビジ
ネスの成長に合わせた積極的なサポート
の姿勢などが考えられる。
14 PwC 新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略
買収後は、現地のビジネスは現地にて運
営してもらいたい一方で、事態が悪化した
場合にはすぐさま介入してコントロール
してしまうことになる場合がある。一方、
それとは対照的に、本部によるコントロー
ルが厳しく、本社からの人員を要職につ
け、現地のマネジャーに権限が与えられな
いという場合もある。しかし、このような
姿勢では、戦略的な柔軟性を妨げ、現地の
マネジメントを疎外することになってし
まう。従って、全体的な戦略を明確にして
目標を設定しつつ、現地にて十分な企業家
意識を持たせる柔軟性とのバランスが必
要である。
現地のマネジメントチームは、日本本社
からの承認を得ることなく、許容可能な範
囲にて戦略的意思決定を行うための権限
が付与される必要がある。そのためには、
新規に買収したビジネスを貴行のグルー
プに統合し、先進国市場の専門知識を、リ
スクや商品設計などの分野に適用させる
ための支援のできる、グローバル業務に精
通した人材集団が必要となる。優秀な人
材は、日本国内でのみキャリアを積むより
も、グローバル業務要員となることで、経
営職への準備として重要な経験を得るこ
とができる。
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長期的な設計の重要性 新市場創出のためのイノベーションの
活用
真に国際的な組織の構築 他の国際的な銀行による当地域への進
出事例でみると、利益を伴った成長を実現
することは長期的なプロセスになる。買
収によって、市場シェアと新しいサービス
提供の機会を得ることは可能となるが、自
行の中核となるビジネスの強みを活かし
ながら、長期的な関係構築を見据えた安定
した自律的な成長も重要となる。例えば、
最初は自国における顧客サービスを通じ
て得られた豊富な経験と専門知識を有す
る業種から、新規市場顧客を開拓すること
もできる。
現地で優秀な人材を保持するためには、
銀行グループ内において彼らが十分な将
来展望を描ける必要がある。例えば、現地
の人材を地域のハブ拠点や本社に出向さ
せることなどが考えられるが、これらは、
専門知識の共有やグループの全般的な連
帯を強化する上で役に立つ。また、シニア
ポジションへの昇進を阻む「見えない天
井」など存在しないと感じられることが必
要である。邦銀がグローバル企業になる
のであれば、日本人と日本人以外といった
二つのキャリアパスを用意するようなこ
とはできない。さらに、現地の従業員は、
自分たちのパフォーマンスが、共通の評価
指標(KPI)に従って公平に測定され、評価
されていると実感できる必要がある。
物理的な規模でしか競争を行えないの
であれば、もはや説得力がない。デジタル
技術は変化の速度を加速させ、利益を伴っ
た成長を追求するための革新的な方法を
可能にする。これには、現地顧客によるブ
ランドへの親近感を向上させるための、デ
ジタル機器を利用したやり取りや、ソー
シャルメディアの活用などがある。これ
らのテクノロジーは、貴行が顧客のニーズ
への理解を深め、顧客にとってよりアクセ
スしやすく、反応の早いサービスを提供し
ていく上で役立てることができる。さら
なる機会の創出としては、伝統的な銀行以
新しい市場に参入する際、銀行は通常、 外とパートナーシップを構築することに
支店として営業するためのライセンスを より、新しい収益源を生み、最終的には顧
取得する前に、駐在員事務所の開設から始 客が銀行の提供する商品に支出するシェ
める。銀行の子会社を設立する方がメリッ アを拡大することが考えられる。例えば、
トがあるとする考えもあるが、潜在的な利 日本人向けの観光地にある銀行の支店で
益には高いリスクとコストが伴うことが 郵便事業サービスを行う(または、郵便局
あるため、長期的なコストや利益について で銀行業務を行う)ことや、不動産サービ
慎重な分析が必須となる。例えば、顧客は スを提供することなどが考えられる。
子会社設立を、現地市場への長期的なコ
ミットメントと見なすことがあるが、これ
には、コストがかかり柔軟性の低い投資資
金が必要となる。また、現地におけるより
強固なガバナンス体制の構築や、多くの主
要な管理職ポジションを現地の行員で確
保することも必要になる。
言語が障壁となることもありえる。現地
の現場を担当者している行員で日本語を話
せる人はほとんどいないが、多くのミドル、
シニア職階の人達は英語を話すことができ
るため、英語をグルーブ全体におけるビジネ
ス上の国際共通語とすることを支持する意
見もある。インターネットショッピング・グ
ループの楽天やユニクロを運営するファー
ストリテイリングは、日本国内のオフィスに
おいても、率先して社内の公用語を日本語か
ら英語に切り替えた。楽天とファーストリ
テイリングではこれからの成長の重点を海
外市場へとシフトしたため、彼らは、英語を
使用することで、グループ内でのコミュニ
ケーションを強化し、より多くの外国人の人
材を引きつける上で役立てられると考えた。
これらの企業は比較的若い企業であるため、
歴史の古い銀行グループよりも言語の切り
替えを行うことがより容易であったかもし
れない。貴行グループがグローバル業務の
拡大に真剣に取り組むのであれば、このよう
な躍進も必要となるかもしれない。
新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略 15
貴行への問いかけ
東南アジアは長期的成長のための大きな可能性を提供する。日本の国内市場が今
後も成熟していくにつれ、東南アジアは貴行の将来にとって国内市場と同じくらい
重要になっていくものと考えられる。貴行は、現地市場を次の成長ステージへと進展
させていく上で必要となる資金や専門知識を提供することができる。また一方で、日
本と当地域との長期的なつながりや文化的な親近感は、貴行が他の国際的な競合相
手に対してビジネス上で重要な優位性をもたらすことになる。
ただし、市場の可能性を最大限に活用していくためには、新しいスキルを確保する
ことと、貴行の組織運営の変革に挑戦していくことが必要となる。私たちは、貴行が
アジアにおいて強固な基盤を持つ銀行として台頭していくためには、五つの主要な
問いに対応することが必要になると考える。
■ 拡大を続ける域内貿易に関連する取引を獲得するために、貴行グループをどのよ
うに位置づけることができるか。
■ ビジネスを推進させていく上で鍵となる最適な買収対象の特定や現地の優秀な人
材の確保に必要となる地場の知識をどのように蓄積していくことができるか。
■ 新規買収事業を運営する上での現地への権限付与と本部におけるコントロールの
適切なバランスは何か。
■ どのように、希少な現地の優秀な人材を確保し、保持していくか。
■ 貴行が今後もグローバル化を進め、文化的多様性を持つようになるにつれて、マネ
ジメントやキャリア開発の面でどのような変化が必要になると考えるか。
成功に向けて優位な立場にある銀行は、市場の理解や成長に向けた基盤の形成に
は忍耐が必要であることを認識している。これらの銀行では、買収ターゲットの評価
と統合作業のために、自行のハブ拠点に適切なチームを配置し、国際的なマネジメン
ト能力を持つ人材を集め、人材開発を行う。そして最終的に、カルチャーやグループ
内での働き方について変化が必要であることを認識し、それを受け入れていくため
の準備を整えていく。
16 PwC 新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略
東南アジアは長期的成長のための大きな可能性
を提供する。日本の国内市場が今後も成熟してい
くにつれ、東南アジアは貴行の将来にとって国内
市場と同じくらい重要になっていくものと考え
られる。
新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略 17
お問い合わせ先
本報告書で取り上げられた課題に関する詳細なご相談については、貴行の PwC 担当者または以下の
担当者までご連絡ください。
近江 恵吾
Matthew Philips
Johnson Chen
田中 玲
Alywin Teh
Jonathan Chen
PwC(日本)
パートナー
[email protected]
080 3351 8628
PwC(日本)
パートナー
[email protected]
090 7280 2652
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+852 2289 2303
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Richard Sleigh
PwC(日本)
パートナー
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+81 80 3727 0972
18 PwC 新たな地域でのパワーハウスの構築 : 東南アジア地域における成功戦略
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各法人は PwC グローバルネットワークの日本におけるメンバーファーム、
またはその指定子会社であり、
それぞれ独立した別法人として業務を行っています。
本報告書は、PwC メンバーファームが 2014 年 3 月に発行した『Forging the new regional powerhouses: Strategies for success in Southeast Asia』を翻訳し
たものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。
電子版はこちらからダウンロードできます。 www.pwc.com/jp/ja/japan-knowledge/report.jhtml
オリジナル(英語版)はこちらからダウンロードできます。
http://www.pwc.com/gx/en/banking-capital-markets/forging-the-new-regional-powerhouses-strategies-for-success-in-southeast-asia/index.jhtml
日本語版発刊月:2014 年 6 月
管理番号: I201404-6
©2014 PwC. All rights reserved.
PwC refers to the PwC Network and/or one or more of its member firms, each of which is a separate legal entity. Please see www.pwc.com/structure for further details.
This content is for general information purposes only, and should not be used as a substitute for consultation with professional advisors.
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