サービスロボット: 次の重要な 生産性プラットフォーム

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サービスロボット: 次の重要な 生産性プラットフォーム
www.pwc.com/jp
Technology Forecast:ロボットの未来
Issue 2, 2015 年
サービスロボット:
次の重要な
生産性プラットフォーム
Vinod Baya
Lamont Wood
疎結合かつモジュール型パッケージによってもたらさ
れる、ロボットの認知機能、モノの取り扱いの高度化、
人との意思疎通など、革新的かつ新たなケイパビリティ
が、新たなサービスロボット市場の幕開けを確かにし
ていく。
ホテルでのルームサービスのデリバリー
は、通常約 20 分かかると言われ、そのう
ち 15 分~ 18 分は廊下とエレベーターでの
移動に費やされる。宿泊客とのやりとりや
デリバリーに当てられる時間は残りの数分
にすぎない。
「物にぶつからずに廊下を歩い
たり、エレベーターに乗れることをスキル
として履歴書にわざわざ書く人がいるだろ
うか ?」と、Savioke 社の CEO である Steve
Cousins 氏は問いかける。同社は、ホスピタ
リティ業向けなどにサービスロボットを開
発している企業である。彼が使ったこの問
いの例は、日常的な動きが、どれほど多く
の工程を必要としているかを指摘している。
いるソリューションの台頭である。第一は、
3 つ の 技 術 分 野 の 進 化、 つ ま り ロ ボ ッ ト
の「知性」向上、「マニピュレーション」複
雑な操作の実現、さまざまな環境下での動
作可能性である。第二は、エコシステムの
力により、イノベーションの障壁が低くな
り、携わるイノベーターの幅が広がり、ロ
ボットの教育やトレーニングが容易になっ
た こ と で あ る。 本 号 の『PwC Technology
Forecast』では、これら各領域での発展に
ついて詳しく述べていくこととする。
ロボットはどのように進化しているのか ?
50 年以上もの間、ロボットは製造工程に
おける、汚く、危険かつ単純きわまりない作
もしテクノロジーによって日常的な作業 業の自動化に活用されてきた。高度に制御
を自動化できれば、人間はより価値の高い され工業化された環境での利用にとどまっ
活動に専念できる。このゴール達成は、近年、 ていたのは、人間に危害が及ぶことや他の
より現実味を帯びてきている。ロボットは 工程に影響を与えない配慮のためでもある。
従来日常的な作業の自動化への活用は検討 ロボットは正確に動作する一方、環境の変
されていなかった。というのも、これまで 化に適応することができない。予想外の変
ロボットは高度に工業化され出入りが制限 動要素の可能性を全て排除し、動作環境は、
された製造環境への適用に限られていたた 細部まで緻密にモデル化し、動作も詳細な
めである。しかし、ロボットはこの制約の レベルまで設計されたものと等しくプログ
監獄から自由になりつつある。現在のロボッ ラミングしておかなければならない。
トは環境を調査してモデルを構築し、その
モデルに基づいて目的を達成する計画を立 しかし、このような状況は変化してきて
てたり、変更や例外に適切に対処したりす いる。すっかり成長しきった産業ロボット
ることができる。
市場に続き、今後は広範なサービスロボッ
「サービスロボットにより、デリバリー
にかかるコストを劇的に削減できる、1 桁、
あるいは 2 桁減らせるインパクトがある」
と Cousins 氏は豪語する。サービスの生産
性を高める鍵は、自律的に動作し、人間の
能力を補完できるロボットのイノベーショ
ンにある。
そのようなロボットがあれば、ホテルを
はじめとするさまざまな企業において、こ
れまでは実現できなかったイノベーション
の創出やプロセスを改善する機会の拡大に
つながる。「ホテル側が “他にデリバリーで
きるものはあるか、他にどのようなサービ
スを提供できるか” と考えれば、可能性は
さらに広がる」と Cousins 氏は語る。
サービスロボットは転換期に差し掛かっ
ており、これまで産業ロボットがなし得て
きたことを超え、さらなる生産性向上の可
能性を開いていく。イノベーションを促進
しているのは、大きく 2 つの方向に進んで
ト市場が急成長する見込みである。ロボッ
ト用アプリケーションは、製造工程 1 から
非製造工程に変換し、変化しつつ、不確実
性があり、コントロール不能な非環境下(例
えば人間を危険にさらさず一緒に動作する
ようなところ)で、ロボットが動作するた
めの課題を克服するケイパビリティを組み
入れてきている。
ロボットへの関心の高まりとともに、誇大
広告も出てきている。ロボットがさまざまな
面で進化しているとはいえ、今後 5 年間は
ハリウッド映画で描かれる、多くの人が非現
実的な期待を抱かせるような能力とは程遠
いものとなるであろう。部屋のドアを開ける、
衣類をたたむなどの簡単な作業および家庭
の雑用をすることは、大抵のロボットにとっ
て非常に困難なのが実情である。
1 The new hire: How a new generation of robots is transforming manufacturing, PwC, September 2014,
http://www.pwc.com/us/en/industrial-products/publications/next-manufacturing-robotics.jhtml.
2
PwC Technology Forecast サービスロボット:次の重要な生産性プラットフォーム
ハリウッド映画で描写されるほぼ人間の
ようなロボットの姿は夢物語としても、配達
や梱包などの作業を行う、極めて単純なロ
ボットは巨大な市場が見込まれている。この
潜在市場を活性化するためには、以下に挙
げる基本的な技術課題の克服が必要となる。
• さまざまな動的環境において、ロボット
が感知、理解、動作できるようにする。
• プログラミングしやすく、使いやすいロ
ボットにすることで、ロボットに携わる
イノベーターやユーザーの幅を広げる。
サービスロボット
は転換期に差し掛
かっており、これ
まで産業ロボット
がなし得てきたこ
とを超え、さらな
る生産性向上の可
能性を開く。
• ロボットのマニピュレーション能力を高
め、さまざまな作業に対応できるように
する。
• ロボットのコストを下げ、小型化する。
• 安全性を保ちつつ、ロボットと人間が連
携しともに作業できるようにする。
幸い、ロボットはあらゆる面で着実に進
化し続けており、市場にもたらされるイノ
ベーションのペースも加速しているように
FIGURE 1.1
思われる。上記のような課題が多様である
一方、ごく一部の新興テクノロジー領域の
みが、ロボットを幅広いサービス経済へと
発展させる鍵を握っている。
テクノロジーのトレンドがロボティックス
の未来を形作る
多くの科学および工学専門分野でイノ
ベーションが起こっている。マニピュレー
ションやモーションプランニング(運動計
画)などのアルゴリズムはロボットエコシ
ステム内から、人工知能、機械学習、マシ
ンビジョン、3D センサーなどは中核的なロ
ボットエコシステムの外部から生まれてい
る。学術機関、ハイテク企業、新興企業な
どのさまざまな団体が、研究開発に乗り出
している。
PwC がロボットの進化における基本的課
題を検討したところ、それぞれ独立した別
の課題ではないことが明らかになった。こ
れらの課題を解決するのは、3 つの技術領
域での進展である(図 1 を参照)。
• 認知:ロボットが現実世界において知覚、
理解、
計画、
ナビゲーションする能力を指す。
認知能力の改善は、多様で、動的に、か
つ複雑な環境でロボットが自律的に作業
できることを意味する。ロボットの認知
能力における重要な進展とトレンドにつ
いては、
コラム「認知」で取り上げている。
図 1:3 つの新しい領域での技術的な進歩により、産業ロボットからサービスロボットへの移
行が始まる未来のロボットの能力を作り出す重要テクノロジー
1. 認知
2. マニピュレーション
3. インターアクション
産業ロボット
3
PwC Technology Forecast サービス
ロボット
サービスロボット:次の重要な生産性プラットフォーム
• マニピュレーション:環境内で物体を操
作するための正確な制御と器用さを指す。
マニピュレーション能力が大幅に進歩す
るということは、ロボットのできる作業
およびユースケースが格段に多様化する
ことを意味する。ロボットの操作能力に
おける重要な進展およびトレンドは、コ
ラム「器用なマニピュレーション」で取
り上げている。
「このようなロボット
の進化は、電気、通
信、インターネット
を組み合わせたほど
のインパクトをもた
らす」
—Eugene
Izhikevich 氏、
Brain Corporation
ている(図 2 を参照)。第一は、先述の 3
つの中核的領域の進展を支えている自律的
学習方式である。恐らくサービスロボット
が成功するために最も必要かつ重要なただ
一つの技術である。自律的学習は、ロボッ
トがこなせる作業の多様性を拡大する。
第二は、全ての重要なテクノロジー領域
にまたがるモジュール式プラットフォーム
の登場である。これにより、ロボットおよ
• インターアクション:ロボットが人間か び関連するイノベーションにかかわる開発
ら学習し、人間と協業する能力を指す。 障壁を大幅に引き下げることができてきた。
意思疎通力が向上すれば、
(つまり言語お プラットフォームはロボットに共通する技
よび非言語コミュニケーション、人間動 術的課題に対する水平的解決策をもたらす。
作の観察および模倣、経験から学ぶこと そのため、開発者は標準エレメントに取り
などが高まれば)
、ロボットと人間がます 付けるコンポーネントの差別化に専念でき
ます一緒に作業できる機会が増していく る。また、モジュール式プラットフォーム
ことを意味する。人間と環境の安全を確 により、ロボットに携わるイノベーターの
保することが絶対的な要件となる。ロボッ 数が飛躍的に増加したため、ロボットの潜
トのインターアクションにおける重要な 在的な用途を拡大させている。
進展とトレンドについては、コラム「イ
今後はこれらの力が、企業の生産性を左
ンターアクション」で取り上げている。
右する次の大きなドライバーとなる。「この
テクノロジーだけでなく各領域間に渡り
ようなロボットの進化には、電気、通信、
FIGURE 1.2
相関したテクノロジーが発展することで、
インターネットを組み合わせたほどのイン
ロボットのエコシステムが前進する。
パ ク ト が あ る 」 と、Brain Corporation の
CEO、Eugene Izhikevich 氏は予測している。
上記に加え 2 つの力が、ロボットが活躍
する領域を拡大し、主流化させる要因となっ
図 2:自律的学習とモジュール式プラットフォームという 2 つの力により、係るイノベーター
の数と、ロボットが行える作業数を大きく拡大させてきている
多い
ロボットの利用分野
自律的学習
少ない
モジュール式
プラットフォーム
少ない
多い
イノベーターや開発者の数
4
PwC Technology Forecast サービスロボット:次の重要な生産性プラットフォーム
認知:知覚から行動、学習へ
認知は、知的存在が情報を受け取り、処理
するプロセスである。認知は単独の能力で
はなく、複数の能力が相乗的に組み合わさっ
て成り立っている。ロボット工学において、
認知とは知覚、理解、モーションプランニ
ング、自律的学習を組み合わせたものを指
す(図 A を参照)。認知は、サービスロボッ
トがどのようにして工業化されていない非
制約環境に対応し、経験から学習し、新し
い知識をその後の類似する状況に応用する
かという問題の鍵となる。
図と位置を使用して、目標に向けた行動計
画を作成するとともに、他の物体や人間を
避け、環境が変化した場合は必要に応じて
リアルタイムで計画を更新できる。
認知するためには、トポロジーだけではな
く、環境や物体が何を意味するかという詳
細が必要なことも多い。ロボット開発者は
「アフォーダンス」(身の回りにある意味あ
る情報)という心理学用語を利用して理解
プロセスを向上させ、認知と行動の直接リ
ンクを提供できることに気付いた。ティー
カップに持ち手が付いているということは、
人間が指をやけどせずにカップを持ち上げ
ることができるということを意味する。こ
れが、お茶を飲もうとする人間にとっての
アフォーダンスである。ロボットにとって
は、このフレームワークは知覚と理解を用
いて環境内のアフォーダンスを見つけ、可
能なマニピュレーションとモーションの中
から使用可能なものを取捨選択し、目的を
果たすために使用すべきものを決定するこ
とに利用されることを意味する。
環境を正確に感知し、環境内の物体を認識
することは、ロボット工学において大き
な課題であった。環境をマッピングし物
体を認識するための主な情報源が 2D セン
サーであったため精度には限界があった。
Microsoft のゲームアクセサリー Kinect の
ような低価格の 3D 奥行き距離測定センサー
が登場したことで、認識力は 2 次元から 3
次元へ進化した。2010 年にリリースされ
たモーション検出器 Kinect は、赤外線レー
ザーポイントの密集パターンを投影し、カ
スタムチップを使用してその反射を分析す 人工知能の進化、特に本号で触れている深
ることで 3D 画像を生成する。小売価格は 層学習により、ロボットは人間の実演、観察、
フィードバックおよびロボット自身の行動
150 米ドルほどである。
から複雑な技能を自律的に直接学習できる。
知覚情報により、環境トポロジー(配置、
形状など)
モデル化と物体認識を行う。
また、
Sidebar
Figure XYZ
この情報は環境地図作成とその環境下での
ロボット自己位置推定を同時に行う SLAM
などの手法にも使用される。ロボットは地
図 A:ロボットの認知は、知覚、理解、モーションプランニング、自律的学習を組み合わせた
ものであるモーションプランニングとナビゲーション
モーションプランニング
とナビゲーション
感知
ロボットの
認知能力
理解
自律的学習
5
PwC Technology Forecast サービスロボット:次の重要な生産性プラットフォーム
自律的学習:サービスロボットへの関門
さまざまな要素を考
慮すると、ロボット
が現実世界の環境
で作業するには学習
ベースのアプローチ
が適している。
サービスロボットの活躍の場は、これま
での産業ロボットとは違い、オフィスや家
庭、病院、倉庫となり、いずれも工業化さ
れていない、現実世界の環境である。製造
業に利用されるサービスロボットにも工業
化されていない環境での作業が求められる
ため、固有の課題が生じる。「起こり得る
あらゆる環境に適切に対応するようにロ
ボットを(あらかじめ)プログラミングす
るのは非常に困難で高コストとなる」と
Izhikevich 氏は説明する。産業ロボットは
特定の動きを繰り返すので、プログラミン
グは(高コストではあるが)比較的単純で
ある。なぜなら、管理・統制された環境で
ロボットに明確な指示命令を入力すればよ
いからである。しかし、あらゆる状況にお
いて適切な行動をとるように明示的にプロ
グラミングすることは不可能な作業である。
サービスロボットには新たなアプローチ
が求められる。「現在、神経回路網や機械学
習を見直そうというルネサンスが大規模に
起こっている。これらは環境からの自律的
学習とフィードバックに基づき、これまで
とは異なるアプローチをもたらしている」
と Izhikevich 氏 は 述 べ て い る。Izhikevich
氏は、学習機能を中核に据えたロボット用
OS を構築した。「このアプローチでは、環
境モデルおよびロボットの行動は非常に単
純なものである。しかし、本アプローチは、
画像、会話、音声、行動などの形式で多く
のデータを入力してロボットを教育できる
ため、より大きな効果を得られるだろう」。
低コストかつ小さなコンピューティング
ハードウエアの存在、大容量データを検知、
取得、保存する能力、リアルタイムでデー
タを処理し理解するための高度なアルゴリ
ズムといったさまざまな要素を考慮すると、
ロボットが現実世界の環境で作業するには
学習ベースのアプローチが適している。プ
ログラマーがロボットに明示的に指示を入
力するのではなく、ロボットがトレーニン
グおよび作業中に継続的に学習し、過去の
経験に基づいて自らの行動を新たな状況に
適応させていく。
自律的学習では、人間から適宜フィード
バックを得るにせよ、常時監督せず、どの
ような行動が適切かをロボットが学習して
いく。自律的学習力は、まさに人間と同じ
ように経験から自律的に学習できる能力で
あり、ロボットが提供するサービスにかか
わる動的な環境での “ゲームチェンジャー”
となる技術である。
自律的学習ができれば、プログラミング
は単にトレーニングを補うものとして、は
るかに少ないコストとわずかな専門知識で
行えるようになるため、重要なものでなく
なる。子供や学生でも、リモートコントロー
ルインターフェースを通じてロボットに特
定の作業を実行させることができるだろう。
ロボットはトレーニングセッションで、ど
のような状況でどのような行動をとり、ど
のような結果が期待されるかを学習する。
最終的には学習ベースのアプローチにより、
ロボット適用範囲の可能性がより一層広が
るであろう。
ロボットの学習には新しい手法も用いら
れている。最新世代のロボットの認知能力
は「ディープラーニング(深層学習)」、つ
まり人間の認知能力を模倣してパターン化
した機械学習形式に基づいている。「この
数年で AI(人工知能)、特に画像認識や物
体認識での深層学習には大きな発展が見ら
れる」と、Robotbase の CEO、Duy Huynh
氏は述べている。深層学習アプローチによ
り、音声認識、物体認識といった作業にお
いてソフトウエアの正確性が向上してきた。
状況によっては、人間を超えた深層学習が
見られることもある 2。
通常、深層学習型アルゴリズムは、ロボッ
ト 1 体だけの性能ではなく、クラウドレベ
ルのコンピューター処理性能が要求される。
やがてはクラウド接続されたロボットが一
般化することで、ロボットはクラウドの深
層学習リソースを駆使するようになり、い
わゆる「クラウドロボット」という状況が
発生する。ロボットは人間が現在そうして
いるように、クラウドを通じ、ますます知
識を共有し、経験を積むことになる。
2 Michael Thomsen, “Microsoft’s Deep Learning Project Outperforms Humans In Image Recognition,” Forbes, February 19, 2015,
http://www.forbes.com/sites/michaelthomsen/2015/02/19/microsofts-deep-learning-project-outperforms-humans-inimage-recognition/, accessed June 3, 2015.
6 PwC Technology Forecast サービスロボット:次の重要な生産性プラットフォーム
表 1:ロボットの重要な機能特性に対応するモジュール式プラットフォームが登場
機能領域
プラットフォームの例
OS
BrainOS(Brain Corporation)、Neurala、
ROS(Robot Operating System)、Tekkotsu、Urbi
認知
OpenCV、Point Cloud Library(PCL)
シミュレーション
Gazebo, Stage, Webots
モーションプランニング
Mobile Robot Programming Toolkit(MRPT)、
MoveIt!
マニピュレーション
SynGrasp
ロボット制御インターフェース
Orocos、Player
ミドルウエア
Middleware for Robotic Applications(MIRA)、
Yet Another Robot Platform(YARP)
クラウドにあるさまざまな能力を保持す
ることで、ロボットがこれまで学習した最
新の知識を活用して、新しいロボットを投
入する際の作業がほとんど不要になる。
大規模コミュニティーもある」と、Open
Source Robotics Foundation(OSRF)の
Brian Gerkey 氏は語る。OSRF は、学術機関、
政府の研究所、企業で広く使用されてい
る Linux ベースの Robot Operating System
「1 体のロボットが故障しても、別のロ (ROS)を支持している。
ボットに全ての知識を直ちに引き継がせる
ことが可能である」と、Neurala のヴァイ ROS は、ロボットを「システムを司るシ
ス プ レ ジ デ ン ト、Roger Matus 氏 は 語 る。 ステム」としてプログラミング、動作、デバッ
Neurala が「ボットの頭脳」と呼ぶソリュー グ、制御するための通信インフラストラク
ションでは、クラウドを使用してロボット チャーとなり、メッセージの受け渡し、メ
の経験を取得して共有する。「例えば、20 モリ共有、デバイスドライバー、リソース
体のロボットがある会社が 21 体目のロボッ 割り当てなどの細部を処理する。ロボット
トを購入したとする。新しいロボットを が使用するハードウエアや固有のセンサー、
Neurala Intelligence Engine に接続すれば、 カメラ、モーターも抽象化されるので、エ
他の 20 体が持つ知識を瞬時に共有できる」。 ンジニアはそれらに頭を悩ます必要がない。
開発者にとっては独自の制御フレームワー
新たなエコシステム:モジュール式 クの開発が不要になる。「ROS を使用するこ
とで、ハードウエアとソフトウエアの両方
プラットフォーム
ロボットの産業活用においては、ほぼそれ を構築し、10 カ月でロボットを開発するこ
ぞれのベンダー、研究ラボ、イノベーター とができた。すばらしい進歩となった」と
がロボットを構築するために独自のハードウ Cousins 氏は称賛する。
エアおよびソフトウエアコンポーネントを開
発するのが一般的だった。今日のロボットエ
コシステムは、OS 、パッケージ化されたラ
イブラリ、クラウド常駐サービスといった重
要機能領域を網羅したモジュール式プラッ
トフォームを通じて発展している(表 1 を参
照)
。これらのプラットフォームは成功したイ
ノベーションの再利用を促進し、ロボット開
発を飛躍的に前進させる。
ROS は オ ー プ ン ソ ー ス の OS で あ る。
Sony の AIBO のプログラムを開発するため
のフレームワークとして誕生した Tekkotsu
も同様だが、現在はカーネギーメロン大学
によって管理されている。最近では、Brain
Corporation などの新興企業が OS BrainOS
を提供している。
「5 年前なら独自のソフトウエアをゼロか
ら開発するしかなかった。しかし現在は、
新しいロボットのアイデアがあれば、かな
り進んだ段階から出発でき、利用できる
7
PwC Technology Forecast サービスロボット:次の重要な生産性プラットフォーム
「ROS を使用するこ
とで、ハードウエア
とソフトウエアの両
方 を 構 築し、10 カ
月でロボットを開発
することができた。
す ばらしい 進 歩と
なった」
—Steve Cousins氏、
Savioke
Brain Corporation は 機 械 学 習、 コ ン
ピュータービジョン、計算論的神経科
学の進歩を組み合わせ、学習を促進す
る OS を設計した。同じ新興企業である
Neurala は、ロボット用アプリケーショ
ンの認知要件を満たすため、深層学習の
手法に基づいて「ボット用頭脳」として
OS ソリューションを提供している。また、
ロボットの 知 覚 の た め の Open Source
Computer Vision(OpenCV)、
と Point
Cloud Library(PCL) と い う 2 つ の ア
ルゴリズムライブラリも広く採用されて
いる。いずれも無料で商用利用できる。
Intel が 2006 年に発表した OpenCV は、
コンピュータービジョンのためのオープ
ンソースコードを提供している。PCL に
は、スキャンしたオブジェクトまたはシー
ンの表面を表す幾何学的座標(ポイント
クラウド)の 3D 配列内で物体を認識す
るためのアルゴリズムが含まれている。
「PCL は最も普及している 3D 知覚ラ
イブラリだ」と、3D 視覚システムを提
供 す る Fyusion の CEO、Radu Rusu 氏
は言い切る。同様に、SRI International
がサポートする ROS ベースの MoveIt!
ソフトウエアパッケージも、ロボット
アームによるマニピュレーションを目的
としたロボットのナビゲーションとムー
ブメントプランニングを扱うためのプ
ラットフォームである。
OSRF の Gazebo も、ロボットの設計
と構築のための重要なプラットフォーム
である。開発者がロボットの動作のため
のソフトウエアをテストできるシミュ
レーション環境を提供する。シミュレー
ション環境ではハードウエアに展開せず
にソフトウエアをテストできるため、迅
速な開発が可能になる。
モジュール式プラットフォームによ
り、ロボット工学は大きく加速する。現
在はロボットエコシステムの外部にい
る開発者やイノベーターが新たに参加
できるようになるからである。「iOS や
Android の開発者が顔認識や物体認識
などの AI を使用して、ロボット用アプ
リケーションを簡単に開発できるよう
にしたい。コードを 1 行記述する、ま
たは API
(アプリケーション・プログラ
ミング・インターフェース)を呼び出す
だけで済むような手軽さを目指す」と
Huynh は語る。
8 PwC Technology Forecast 器用なマニピュレーション:人間のように
サービスロボットのマニピュレーションに
は 2 つの目標がある。1つはつかむことだ。
物体が滑ったり壊したりしないように適切
につかむ。もう1つは環境内で目的の作業
を行うために、つかんだ物体を移動させる
ことだ。これらのアクションはピックアン
ドプレイス(つまみと配置)、飲み物を注ぐ、
物体を組み立てるなど多くのオペレーショ
ンに関係している。知覚、行動、学習の能
力は認知とマニピュレーションの両方に共
通しているため、マニピュレーションの進
化は認知機能の発展次第だ。
概して、マニピュレーションが進化するに
は、ロボットがどのような物体でもつかむ
ことができ、物にぶつかったり環境や物体
を傷つけたりすることなく移動させること
ができる器用さが必要だ。ロボットはこの
プロセスにおいて、どの部分をつかむか、
どの程度の力を加えるか、物体を押すかつ
まむか、どの方向に向けるか(水の入った
コップならひっくり返してはならない)な
どを判断する必要がある。
現 在 の と こ ろ、 既 知 の 物 体、 物 体 の 単 純
化、環境制御、作業内容の限定により、作
業マニピュレーション作業は単純なレベル
にとどめられている。最近の進化は、サー
ビスロボットが求める環境が人間向けにで
きている事実をうまく活用している。例え
ば、人間の手のように複数の指のあるグリッ
パーなら、ほとんどの日用品を意図どおり
に扱える。器用なマニピュレーションを実
現するには、指のある手、触覚、物理的に
現実的なシミュレーターが重要である。
これまでのロボットは、人間による遠隔操
作を通じて、日用品をつかむ、電動ドリル
を使う、冷蔵庫からものを取り出すなどの
複雑なマニピュレーションを行っていた。
このような器用さの向上と、本文で取り上
げている自律的学習を組み合わせることで、
ロボットが複雑なマニピュレーション作業
を行う能力は今後もさらなる進化が期待で
きる。
サービスロボット:次の重要な生産性プラットフォーム
Robotbase は、深層学習の手法により物
体認識や顔認識などをモバイルアプリ開発
者が利用できるようにするモジュール式プ
ラットフォームを開発中である。多くのモ
バイルアプリ開発者は自らのスキルを活か
してロボットの新しい動作を開発できるだ
ろう。
プラットフォームの登場により、一部の
高価なデバイスに組み込まれている独自の
チップではなく、広く使用されているハー
ドウエアをロボット開発に使用できるよう
にもなる。「低コストの業界標準ハードウエ
アコンポーネントを使用することを心がけ
た。そうすれば、どのような環境でも実行
できるからだ」と Neurala の Matus 氏は語
る。「現在の設計仕様は iPad Air なので、ソ
リューションも同様だ(iPad Air ハードウ
エアで動作する)」。
個々のプラットフォームの境界はしばら
く定まりそうにない。「ロボットシステム
の構成内容やコンポーネントをどのように
分割するかについては、活発な議論が続い
FIGURE 2
ている」と Rusu 氏は述べている。ロボッ
トの注目度が高まり、導入が進むことだけ
は間違いなさそうだ。「携わる人材が多く、
十分な規模のある下位領域内では、独自の
プラットフォームが生まれるだろう」と
Gerkey 氏は推測する。
これらのプラットフォームはやがて、エ
コシステムの勢力図を塗り替える。イノベー
ションの障壁は低く、研究者や開発者のコ
ミュニティーは大きくなり、多様な利用法
が編み出されるだろう。
サービスロボットが新たな視点から
生産性の向上をもたらす
CEO の間では、ロボットによる生産性の
向上について肯定的な見方が大勢を占めて
いる。ロボットをすでに使用している企業
の CEO の 94% は、ビジネスの生産性が向
上したと答えている(図 3 を参照)。この生
産性は主に、汚く危険な単純作業向けに最
適化されたスピード、強度、一貫性を備え
た産業ロボットによるものだ。サービスロ
ボットでは、さらに多くの領域で生産性の
向上が見込める。
図 3:CEO は一般的に、ロボットの効果について肯定的だ。自社でロボットを使用しており、
ロボットの導入によって生産性が向上したと考えている CEO の割合は 94% に上っている
CEOs are generally positive about the impact of robots
64%
最小
最大
ロボットが自社のビジネス
モデルに新規軸をもたらす
と考えているCEOの割合
94%
最小
最大
ロボットを導入し、生産性が
向上したと考えている
CEOの割合
64%
最小
最大
従業員当たりの収益が
増加すると考えている
CEOの割合
出典:PwC's CEO Pulse on robotics, 2015.
9 PwC Technology Forecast サービスロボット:次の重要な生産性プラットフォーム
図 4:生産性を考える視点は、アナログからデジタルへ、そしてアナログとデジタルの融合環境へと変化した
アナログとデジタル
サービスロボット
IoT(Internet of Things)
3Dプリント
デジタル
通信
コンピューター
インターネット
スマートフォン
エンタープライズソフトウェア
アナログ
蒸気機関
電車
電気
高速道路
産業ロボット
現代
時代
サービスロボットは、
マニピュレーション
や移 動など多 様な
分野の物理的作業
において、認知能力
をさまざまに応用で
きる最初のテクノロ
ジーだ。ロボットが
新しい能 力を獲 得
することで、生産性
向上の可能性はさら
に広がる。
前世紀までは、さまざまな技術を通じて
生産性の向上が実現されてきた。また、生
産性の向上を考える視点も同時に進化して
きている(図 4 を参照)。アナログ的な視点
から見ると、テクノロジーは人間や動物の
筋力を増強するものである。産業革命では、
生産性の向上は主に人間の筋力を物理的に
補うことで実現されていた。
デジタル的な視点から見ると、テクノロ
ジーは認知処理とコミュニケーション能力
を増強し補完するものである。コンピュー
ティングおよび通信革命では、情報と分析
を広く利用して能力を獲得することで生産
性を向上させた。
そして現在、アナログとデジタルを融合
させたさまざまなテクノロジーが登場して
いる。
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PwC Technology Forecast 幅広い情報の取得と処理、そしてスマート
な物体マニピュレーションと移動が可能に
なることで、新たな利点が生まれる。IoT
(Internet of Things)、低価格ながら高性能
なセンサー、3D プリントなどのテクノロ
ジーは、アナログとデジタルの融合の成果
だ。デジタル情報の処理と物理的作業の両
方をこなすサービスロボットは大きな戦力
となるだろう。
広範囲の認知革命が進んでいるのも、人
工知能や機械学習、マシンビジョン、深層
学習などが見直されたからこそである。サー
ビスロボットは、多様な分野のマニピュレー
ションや移 動などの物 理的 作 業に認 知 能
力をさまざまに応用できる最初のテクノロ
ジーだ。ロボットが新しい能力を獲得するこ
とで、生産性向上の可能性はさらに広がる。
サービスロボット:次の重要な生産性プラットフォーム
インターアクション:人間中心の設計へ
サービスロボットは人間とともに作業にあ
たる。したがって、サービスロボットの導
入を成功させるには、直観的で使いやすい
方法を確立できるかどうかにかかっている。
人間が学習でき、人間またはロボットが多
くのトレーニングを受けなくても済むこと
が重要である。
音声、視覚、触覚、社会的な方法など、人
間にとって自然な方法でロボットとイン
ターアクションがとれるのが理想的である
(図 B を参照)。
インターアクション方法はキーボードとマ
ウスを使ったプログラムによる制御にとど
まらない。言語ベースのソリューションで
は、人間が声で命令や指示を出すことがで
きる。視覚ベースのソリューションは、人
間の表情や体の動き、目の動き、身振りか
ら意図や反応を解釈するように進化してい
る。また、社会的インターアクションの発
展により、感情をモデル化し、非言語的方
法で心の状態を伝えることが可能になって
いる。さらに、脳とコンピューターをつな
ぐことで、体の不自由な人が意図した通り
にロボットを動かせるようにする研究も進
Sidebar Figure: CDE
んでいる。
れたように、自律的学習方法の発展により、
実演やフィードバック、反復による学習など
がロボットにも取り入られるようになった。
インターアクションの方法が広がる一方で、
ロボットと同じスペースで作業する人間の
安全確保も重要な課題だ。ロボットを軽量
化し人間にとって扱いやすく設計すること
により、安全性を向上できる。さらに、ロ
ボットは自身のスピードや人間との距離を
監視し、接触した場合は力の加減を調節で
きるようになっている。例えば、可変イン
ピーダンスアクチュエータは、ロボットが
低速動作しているときには強固に、高速動
作しているときには柔軟になるのに役立つ。
ロボットは動作によって力を吸収したり(人
間や意図しない物体と接触したときなど)、
エネルギーを伝達したりする(作業時など)。
ロボットの設計とインターアクション方法
は、人間中心の方向に進化している。ロボッ
トが人間の能力を補い、人間にとっての真
のパートナーとなる日が来るのは間違いな
い。人間とロボットのそれぞれの力を活用
することで、いずれか一方だけでは成し遂
げられないほど生産性を向上できる。
重要なのは、ロボットが人間とのインター
アクションからどのようにして新しい動作
を学習するかということである。本文で触
Interaction methods
図 B:人間とロボットのインターアクション方法の進化
感情
身振り
音声
触感/マルチタッチ
プログラム
時代
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PwC Technology Forecast サービスロボット:次の重要な生産性プラットフォーム
まとめ
ハリウッド映画で描かれる人間のような
ロボットの登場は、まだ遠い未来の話であ
る。しかし、ロボットが動的な非定形環境
で安全に動作できるようになる技術的転換
点は近い。現時点では、ロボットによる生
産性の向上は工場内に限られている。近い
将来、いくつかの課題が解決されれば、倉
庫や病院、ホテルなど、これまでにはない
環境でロボットが活躍する日が来るだろう。
いロボットモデルは、優れた標準モジュー
ル式プラットフォームと、絶えず進化し続
ける自律型学習機能を兼ね備えているから
である。
企業にとっては、来るべきサービスロボッ
トの波は生産性向上の好機となる。さまざ
まなテクノロジーが順調に進歩するロボッ
ト業界において切実に求められているのは、
ロボットをどのように利用するかについて
の斬新なアイデアである。「決定的な利用
課題の解決に向けて、さまざまなテクノ 方法のアイデアはまだ出てきていない」と
ロジーが確実に発展している。ロボットの Gerkey 氏は述べている。「必要なのは、ロ
進化はますます著しく、環境の詳細を感知 ボットコミュニティーに属さない外部の人
し、物体を認識し、情報や物体に安全かつ 材だ。そのような人材が、このテクノロジー
有効な動作で対応できるようになっている。 をビジネス課題に応用するすばらしいアイ
そのため、最新のロボットは多くの複雑な デアをもたらす」。サービスロボットは新た
にどのような場面で活躍できるのか ? その
作業をこなすことができる。
問いを突きつめ、深く理解することから、
サービスロボットは、長期に渡る開発サ 優れたイノベーションが生まれる。これか
イクルの初期段階にある。今後 3 年~ 5 年 ら起こるアナログとデジタルの融合は、業
間で、技術的課題を克服し、さらなる進化 界の勢力図を一変させるだろう。
を遂げるだろう。将来は著しい発展が見込
まれている。特に期待されるのは、実社会
でのサービスロボットの活躍である。新し
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本報告書は、PwC メンバーファームが 2015 年 8 月に発行した『Technology Forecast: Future of robots Issue 2, 2015 Service robots : The next big productivity platform』を翻
訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。
電子版はこちらからダウンロードできます。 www.pwc.com/jp/ja/japan-knowledge/thoughtleadership.html
オリジナル(英語版)はこちらからダウンロードできます。 www.pwc.com/us/en/technology-forecast/2015/robotics/features/assets/26769-2015-tech-forecast-roboticsarticle-1-v6.pdf
日本語版発刊月: 2015 年 12 月
管理番号: I201507-11
©2015 PwC. All rights reserved.
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