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国際税務研究会 「国際税務」 2011 年 11 月号掲載 「米国多国籍企業による無形資産の国外移転を含むグローバルな企業再編」 プライスウォーターハウスクーパース LLP

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国際税務研究会 「国際税務」 2011 年 11 月号掲載 「米国多国籍企業による無形資産の国外移転を含むグローバルな企業再編」 プライスウォーターハウスクーパース LLP
国際税務研究会 「国際税務」 2011 年 11 月号掲載
「米国多国籍企業による無形資産の国外移転を含むグローバルな企業再編」
プライスウォーターハウスクーパース LLP
ワシントン DC 事務所 村岡 欣潤
税理士法人プライスウォーターハウスクーパース
移転価格部 大和 順子
事業法人部 加藤 雅規
1. 米国企業の実効税率の実態
米国企業全体で実効税率はどのくらい低いのでしょうか。実効税率は会社ごとに算出されているため,米国全体の数値を
分析することは現実的には困難です。PwC 米国が 2011 年4月に発表した各国の実効税率の報告書「Global Effective
Tax Rates」では,フォーブス・グローバル 2000 に含まれる企業を対象に各国の実効税率を分析しています。この報告書
によると,米国の実効税率は 27.7%となっており,法定税率より 11.4%も低い結果になっています(図表1)。図表1は全世
界所得制度を適用している国のみを記載していますが,米国以外の国は,英国を除き1%以下の差異となっています。全
世界所得制度の場合,低税率国で発生した国外子会社の所得は親会社に還流され,最終的に親会社の所在国で課税
を受けるため,原則として法定税率と実効税率が同じになります。全世界所得制度国である米国がこのような低実効税率
を維持できているのは,国外に所得を移転し,国外所得は恒久的に再投資されるという会計上のポジションをとることにより,
米国の法人税を計上していないからと推測されます。このデータを見る限り,米国多国籍企業は一般的に所得の海外移
転による節税対策に積極的であると思われます。
図表 1:法定税率と実効税率の比較 ~ 全世界所得制度を適用している国のみ
Japan3
United States
United Kingdom3
Mexico
Greece
Korea
Poland
法定税率 2
実効税率 1
差異
39.54%
39.10%
28.00%
28.00%
25.00%
24.20%
19.00%
38.8%
27.7%
23.6%
27.2%
25.2%
24.3%
19.4%
-0.74%
-11.40%
-4.40%
-0.80%
0.20%
0.10%
-0.40%
Note 1 – 「フォーブス・グローバル 2000」に含まれる企業を対象にした米国 PwC 調べ(2006 年から 2009 年の平均値)
Note 2 – 法定税率は 2009 年の OECD のデータより
Note 3 – 2009 年から国外所得免税制度へ移行 したが、データは 2006 年から 2009 年の平均値、つまり新制度以前のもの
2. 米国多国籍企業による実効税率マネジメント
一般の米国多国籍企業はどのように所得を海外に移転し,実効税率を低下させているのでしょうか。2010 年7月に発表さ
れた米国両議院税制委員会(Joint Committee of Taxation,以下JCT)のレポート 1では,事業再編による潜在的利益のあ
る機能とリスクを低税率国に集中化させる中央集権型の事業構成,いわゆる「プリンシパル・ストラクチャー」へ移行すること
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「Present Law and Background Related to Possible Income Shifting and Transfer Pricing」(JCX‐37‐10)
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により所得が低税率国に移転されていると報告されています。また,無形資産の海外移転を伴う事業再編では,コストシェ
アリングまたはライセンス契約の利用により,無形資産より生ずる所得が低税率国で発生しているとも説明されています。
(1) プリンシパル・ストラクチャー
プリンシパル・ストラクチャーによる機能とリスクの低税率国への集中化は実効税率の軽減を伴うものですが,企業再編は
事業の効率化のために行うもの,つまり事業目的があくまでも最優先となります。機能とリスクの低税率国への集中化はあく
までも最終結果としてあり得ても目的ではありません。米国には経済実体要件という概念 2があり,租税回避のためのトラン
ザクションはたとえ形式的に合法でも税務上の恩恵は否認されます。したがってプリンシパル・ストラクチャーは税法上もあ
くまで事業目的が最優先であることが前提となりますが,ただ単に経済実体要件を満たすためだけの事業目的ではなく,
あくまでも事業のニーズにあった事業目的でなければプリンシパル・ストラクチャーは導入しても成功しないのです。プリン
シパル・ストラクチャーは上手く機能すれば実効税率が下がり税引後利益が大幅に増加することが期待できますが,もし損
失が発生した場合は,逆に損失幅も大きくなってしまいます。したがって,前提として事業が成功するストラクチャーである
ということが欠かせません。
OECD の移転価格ガイドライン第9章「事業再編に関わる移転価格の側面」,および前述の JCT のレポートでも,プリンシ
パル・ストラクチャーは事業のグローバル化が進むにつれ自然とできあがった事業形態であると説明しています。
①
事業再編の背景
従来,米国企業は国または地域別に事業の運営と発展を行っていました。国・地域ごとに製造会社,販売会社を設立し現
地の事業は現地の人間に任せるという地域分権型であったといえます。国・地域ごとに完結した仕組みであったため,そ
の中に自己完結したサプライチェーンがあり,CEO,CFO,マーケティング等の機能もそれぞれの国・地域に所在していま
した。重複された機能が世界中に分散され,商流と会社数の増加に伴い,組織形態および指揮命令系統が複雑化され管
理費用の増加に繋がり,非効率的であったと言えます。
しかしインターネットの出現により国境を越えた事業が容易に行えるようになり,国・地域別に重複した機能を維持する必要
が無くなってきました。商流をグローバルに整理し,一つに統合されたサプライチェーンで消費者に製品の販売またはサ
ービスの提供を行うことが可能になったのです。この新しい事業形態では製造スケジュール,在庫管理,品質管理,リスク
管理,戦略的マーケティング等の戦略的経営活動を一箇所に集約して行うことができるため,経営の簡素化と経費の削減
はもちろんのこと,ガバナンスの強化,そして世界的な経営戦略が迅速に行えるようになりました。これらの機能を行うグロ
ーバルな統括会社が委託者,つまりプリンシパルと呼ばれています。そしてプリンシパルを使ったグローバルな事業形態
がプリンシパル・ストラクチャーと呼ばれています。
従来の地域分権型からグローバルな中央集権型であるプリンシパル・ストラクチャーに移行する際,それまで自己管理によ
る本格的な製造活動を行っていた製造会社は受託製造会社,いわゆる Contract Manufacturer に転換されます。これによ
り,製造会社は単純にプリンシパルの指示の下で製造活動を行う下請け会社になります。同様に,それまで本格的な販売
活動を行っていた販売会社は受託販売会社,もしくはコミッショネアに転換されます。販売員の育成と維持,卸業者・消費
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2010 年度の米国の税法改正において,経済実体要件の概念は米国歳入法において明文化されました。
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者との関係は維持しますが,コミッショネアはプリンシパルの勘定で販売を行い,在庫を直接所有することはありません。単
純にコミッションのみが売上として計上されることになります。
プリンシパル・ストラクチャーにおける所得・損失は,米国移転価格税制上,原則としてリスクを負担する者に大きい比重で
配賦されます。プリンシパル・ストラクチャーに必要不可欠な3つの要素,プリンシパル,受託製造会社,受託販売会社/コ
ミッショネアをリスクの観点から見ると,重要な機能を有するプリンシパルがより大きなリスクを負担し,プリンシパルの指示に
従いルーティーンな事業が行う受託製造会社とコミッショネアは逆に低リスクとなります。すなわち,所得・損失は自ずとプリ
ンシパルに集まる構造となっており,一方で受託製造会社とコミッショネアでは,大きな損失の発生の可能性はないものの,
コストプラスによる僅かな利益が継続して発生するに過ぎないことになります。
もし事業目的に合った事業再編を行う際に,インフラ,労働コスト,マーケットの状況,政治的要素など全て同等と想定した
場合,所得が集まるプリンシパルを高税率国に設置するか低税率国に設立するかという決断に迫られたら,ほとんどの企
業は低税率国にプリンシパルを設立しようと考えると思います。その結果,この場合プリンシパル・ストラクチャーは機能とリ
スクが低税率国へ集中する構造になります。これはあくまでも最終形態であり,機能とリスクを低税率国に集中させるのが
目的ではありません。米国多国籍企業が行っているのはこういった事業再編です。
(2) 無形資産の海外移転
国際競争が加速し,新しいアイディアが事業成功の鍵となる中,知的財産の価値が増加しています。知的財産の価値が
増加するにつれ,知的財産に帰属する潜在的所得も増加していきます。プリンシパル・ストラクチャーの原理(機能とリスク
のプリンシパルへの集中化)を基に考えると,知的財産もプリンシパル所在国へ集中させるべきと考えるのは自然の道理か
と思います。
物理的または人的資産と比べて動かしやすい無形資産は,米国企業によって頻繁に国外に移転されています。しかし,
日本の場合,重要な無形資産は日本で管理をしたいと考える企業が多く,無形資産を国外に移転するのに抵抗を感じて
いる企業も多いようです。これは無形資産の移転イコール全ての権利の譲渡という誤解から生じているものと思われます。
ライセンス契約やコストシェアリングでは,無形資産の税務上の所有権や使用権が移転するだけで,法律上の所有権は移
転しません。簡単に説明しますと,税務上の所有権者は経済実体上の所有者(つまりリスクを負担する者)であるのに対し,
法律上の所有権者はその無形資産の登録者となります。税務上の所有権者はリスクを負担しているため,移転された無形
資産から生じる税務上の所得・損失が配賦されます。一方で法律上の所有権者は,特許侵害訴訟などにより無形資産を
防衛することができます。税務上の所有権や使用権は,ライセンス契約または費用分担契約(コストシェアリングの別称)上
で他社に無形資産を使用する許諾をすることで,移転することができます。これらの契約を国外で交わした場合の管理は,
国内と比べると外国語での契約書の管理,海外での再登録等の面で追加の費用が発生すると予測されますが,これは国
外事業活動においても必要となる作業であり,日本の多国籍企業でも既に行われているかと思います。税務面でも移転価
格等,留意事項は増えますが,税務上の無形資産の国外移転による無形資産の管理面への影響は想像しているほど大
きいものではないと思われます。すなわち,母国で無形資産を管理しつつ,国外に無形資産を移転することは可能であり,
グローバル化に向けて日本企業も検討する戦略の一つであるといえます。
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米国税務上の無形資産の国外移転ですが,次に説明するとおり3つの方法に大別することができます。
① 全ての権利の譲渡
まずは課税ないし非課税による無形資産の全ての権利の譲渡があります。課税による譲渡は単純に売却ですが,非課税
の場合は適格組織再編等の税務上非課税となる取引による移転となります。売却の場合,譲渡人が譲渡損益を認識しま
す。通常,無形資産の場合は多額な譲渡益が発生するため,米国では欠損金などと相殺できない限り考慮されません。非
課税の場合もクロスボーダー取引である場合,米国では内国歳入法 367 条(d)が適用され課税扱いとなります。この場合,
外国の譲受人とのライセンス契約と同じ扱いになり,使用料が認識されます。一方,日本では,現物出資などの方法により,
クロスボーダーによる無形資産の移転の可能性がありますが,日本法人が,国内事業所に属する資産(国内資産)を外国
法人に現物出資する場合は非適格現物出資となるので,通常は課税扱いとなります。
②
ライセンス契約
これは①と異なり,部分的に無形資産の権利が移転します。ソフトウェアなどのように常にアップデートされ続け,耐用年数
が短い知的財産によく使われる手法です。外国の譲受人は譲渡人に使用料を支払うことになるので,ライセンス契約自体
は直接節税対策に結び付きません。それでもライセンス契約を結ぶ理由は,既存の知的財産を利用して低税率国でアッ
プデートに伴う知的財産の開発を行うためです。新規の知的資産を低税率国で開発することにより,新規の知的資産に帰
属する所得は全て低税率で認識されるようにするという仕組みです。既存の知的財産の価値は下がり続けるため使用料の
支払も減額していき,最終的には価値が無くなり使用料の支払もなくなります。その後の知的財産のアップデートも継続し
て海外で行われ,アップデートされた知的財産に帰属する海外取得は米国 CFC 税制の適用がなければ米国で課税され
ることはありません。
③
コストシェアリング
これは前述のとおり,一般に費用分担取極と呼ばれるもので,新規の無形資産を開発するための一種のジョイント・プロジ
ェクトのようなシステムです。参加者はお互いのリソースを貢献し,発生した費用は全て分担されます。参加者は,新規に
開発された知的財産について,予め決められた持ち分を所有することになります。まず,既存の知的財産を所有する米国
親会社が低税率国に所在する国外子会社と新規の無形資産を開発する契約を結びます。新しい無形資産の開発には既
存の知的財産を利用するため,米国親会社は既存の知的財産を海外子会社に貢献し国外子会社は自らの持ち分に係わ
る部分に対して対価を支払います(バイ・イン支払) 3。無形資産の開発技術と人的リソースは通常米国に残っているため,
米国親会社は継続して研究開発活動を行います。この研究開発活動に対して発生した費用も国外子会社が自らの持ち
分に係わる部分について負担することになります。この場合,移転価格税制上コストプラスで処理されるような研究開発委
託契約とは異なり,参加者は開発費用のみを負担し,「プラス」部分の所得を米国で認識する必要がなくなります。更に,コ
ストシェアリングの結果,国外子会社の新規無形資産持ち分の利用により生ずる所得に関して米国親会社に使用料を支
払う必要はありません。つまり,コストシェアリングを使い無形資産を国外に移転することによって,米国CFC税制が適用さ
れない限り,将来の国外所得は米国で課税されないことになります。
3
2008 年の財務省暫定規則により「PCT Payment」という名称に変わり定義が拡大されました。
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なお,現在コストシェアリングは内国歳入庁(以下,IRS)により税務調査上の最優先項目(Tier 1 Issue)に指定され問題視
されています。所得の国外移転の手段として納税者によって活用されていることを IRS も認識しており,特に問題となって
いるのは,国外に移転される既存の知的財産のバイ・イン支払額の算定方法です。バイ・イン支払が米国で課税できる数
少ない機会であるため,IRS はより大きなバイ・イン支払額が認識されるよう要求しています。特にバイ・イン支払い額の定
期的修正を求める規定があり,バイ・イン支払い額がコスト・シェアリング開始後の実際のリターンと大きく乖離した場合には,
追加の税額が発生することがあります。また,2003 年及び 2008 年に財務省暫定規則を公表し,ストック・オプションの費用
等を知的財産の価値の一部として考慮すること,および無形資産の評価は総合的に行うことを要求しています。
a.日本における費用分担契約
日本では,国税庁発表の移転価格事務運営要領において「費用分担契約」の移転価格取り扱いを定めています。「費用
分担契約」とは,開発費用等を,各参加者の予測便益の割合に応じて分担し,成果の持ち分を分担額に応じて取得する
契約です。バイ・インや,開発費用の分担割合の根拠となる予測便益割合の適正性やその実績値との乖離等に言及して
おり,大枠は,OECD 移転価格ガイドラインに即し,米国での費用分担取極と似ています。但し,米国の費用分担取極の
規則が詳細で多岐に亘ることに比して,日本の規定はかなり簡潔です。これは,コストシェアリングについて,日本では米
国より実例が少ないこと,よって移転価格税制執行における重要性が米国ほどではないことを反映しています。今後,日系
企業の国際化がより進み海外売上や海外業務の比重が高まると,コストシェアリングが現実的な選択肢となっていくことも
考えられます。
④ ライセンス契約 vs.コストシェアリング
前述のとおり,ライセンス契約もコストシェアリングも近似しています。どちらも既存の無形資産が国外に移転された上で最
終的に新しい無形資産が開発され,新規の無形資産に帰属する国外所得に対して米国外で課税される仕組みです。米
国企業が無形資産を国外に移転する際にどちらの仕組みを選択するかは個別の事実関係によります。大別すると3つの
要素が考えられます。一つ目は無形資産の価値です。無形資産の価値が高ければ高いほどコストシェアリングを行う際,
バイ・イン支払が大きくなります。すなわち,多額の費用が前倒しで発生します。ライセンス契約は逆にプロジェクトの期間
に亘って費用が発生するため事業にとっては運営しやすい仕組みと言えます。したがってコストシェアリングを使うのであ
れば,まだ価値の低い無形資産,例えば米国でまだ開発中の無形資産などが対象となります。しかし,完成していない無
形資産の移転は反面,リスクも大きいと言えます。もしプロジェクトが失敗に終わった場合,低税率国で損失が発生してしま
うため,その影響はより大きなものとなります。
二つ目の要素は税務調査のリスクです。前述のとおり,コストシェアリングは税務調査の最優先事項として認定されている
ため,コストシェアリングを行った場合,ライセンス契約と比べると税務調査される可能性が極めて高くなります。税務調査
に対応するための費用に加え,法廷で争う場合は弁護士費用等も見据えて計画する必要があります。このため,コストシェ
アリングを米国で行うのであれば移転価格の事前確認手続(APA)を IRS と行っておくことが推奨されます。但し,APA を
行う場合は追加費用と時間が掛かる覚悟が必要で,新規の場合,申請料だけでも5万ドルに上ります。
最後の要素は先の二つの要素をまとめたものですが,結局は納税者が無形資産の国外移転によりどれだけの潜在利益を
見込んでいるのか,そしてどれだけの損失に耐えられるのかという点です。コストシェアリングを使うのであれば,原則として,
移転される無形資産の価値が高ければ高いほど将来の潜在利益が大きくなる,つまりそれだけ海外に所得を移転すること
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ができるということになります。無形資産の潜在利益がバイ・イン支払,税務リスク,その他の費用を上回るのであれば,コス
トシェアリングが使われるということになります。
(3) CFC 税制
プリンシパル・ストラクチャーと無形資産の国外移転は CFC 税制を考慮することが必要不可欠となります。ここでは米国の
CFC 税制と日本の CFC 税制がどのように適用されるかにつき説明します。
① 米国の CFC 税制
a.外国人持株会社所得(Foreign Personal Holding Company Income)と外国基準会社販売所得(Foreign Based
Company Sales Income)
所得発生国での法人税の負担割合を基に適用が判断される日本の CFC 税制と異なり,米国の CFC 税制は国外で生ず
る所得の種類によって判断されます。米国 CFC 税制が適用する合算対象所得は CFC 税制を規定する米国歳入法
Subpart F に含まれていることから「Subpart F 所得」と呼ばれています。プリンシパル・ストラクチャーと無形資産の海外移
転に関しては外国人持株会社所得(Foreign Personal Holding Company Income)と外国基準会社販売所得(Foreign
Based Company Sales Income)が Subpart F 所得として考えられます。外国人持株会社所得は一般に Passive Income が
含まれ,利子,配当,使用料,家賃などの所得です。ここでは無形資産の移転の際に発生する使用料が潜在的な Subpart
F 所得として考えられます。例えばコストシェアリングにより開発された無形資産を別個のライセンス契約により他の国外関
連会社に移転した場合,ライセンス契約に対して発生した使用料が米国で課税されることになります。米国の CFC 税制に
は様々な適用除外規定がありますが,この外国人持株会社所得を回避するためによく用いられるのがチェック・ザ・ボック
ス規定です。これは純然たる会社(例えば日本の株式会社)以外の外国法人について米国連邦税法上パススルー選択を
することにより,関連会社間で支払われる使用料が無視され CFC 税制が適用されなくなる仕組みです。
外国基準会社販売所得は CFC の設立国以外で製造および消費される製品の関連会社との売買,または関連会社のた
めの売買から発生する所得です。プリンシパル・ストラクチャーの場合,プリンシパルから関連販売会社への売上および関
連販売会社のコミッション等が米国で合算対象所得として認識される可能性があります。外国基準会社販売所得は CFC
の設立国以外で製造される製品の売買により生ずる所得に適用されるため,CFC の設立国で製品が製造されている限り
CFC 税制が適用されません。プリンシパル・ストラクチャーの場合,プリンシパルが製造活動を行うことにより,この要件は
該当します。前述の通り,プリンシパル・ストラクチャーでは受託製造会社が製造活動を行いますが,実質的貢献テスト
(Substantial Contribution Test)の要件が満たされる場合は,プリンシパルが製造活動に携わっているとみなされ,Subpart
F 所得の認識を回避することができます。実質的貢献テストの要件はいくつかありますが,製造活動の管理と運営などが挙
げられます。
米国企業はこういったチェック・ザ・ボックス規定や製造活動の例外規定を積極的に使い CFC 税制の適用を回避していま
す。
b.無形資産の国外移転による「超過利益所得」の導入案
前述の二つがプリンシパル・ストラクチャーに適用される主な Subpart F 所得ですが,オバマ政権の 2011 年度と 2012 年
度予算案には超過利益(Excess Profits)と呼ばれる新たな Subpart F 所得を導入する提案が含まれています。無形資産
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から生じる超過利益を発生年度に米国で課税するもので,無形資産の国外移転を防止するための試みです。もし法令化
された場合,プリンシパル・ストラクチャーを導入している米国企業に多大な影響を及ばすと予測されます。
今年の7月にはこの新たなSubpart F所得を法令化する法案 4が提出され詳細が明らかになりました。法案によると新
Subpart F所得は「Foreign Base Company Excess Intangible Income」と呼ばれ,合算対象となる所得は関連会社によって
移転された無形資産に帰属する所得で,関連費用の 115%を超える額と規定されています。他のSubpart F所得と異なり,
Foreign Base Company Excess Intangible Incomeは無形資産関連所得が生ずる国の実効税率により合算対象所得額が
異なります。実効税率が 10%以下の場合は全額合算され,35%以上であれば全額免除されます。10%から 35%までの
実効税率の場合,10%を超える税率とレンジの差額である 25%の比率を基に合算対象所得額が計算されます。
この法案の法令化の可能性は不透明ですが,もし法令化された場合,特に利幅の大きい製薬会社,ハイテク産業などは,
無形資産を国外に移転しても従来のように実効税率を減らすことは不可能となります。円高の影響で日本企業による米国
企業の買収が盛んに行われていますが,買収後に米国企業が所有する無形資産を米国外に移転しようとする場合に留意
が必要となります。
この動向は,無形資産の国外移転による米国課税所得の国外流出が議会でも問題視されているということを再認識できる
一方で,移転価格税制だけでは米国課税所得の国外流出が防止できない,すなわち無形資産の海外移転に関して移転
価格税制は限界であるという議会の見解を垣間見ることができます。
② 日本の CFC 税制(タックスヘイブン対策税制)
日本のタックスヘイブン対策税制上,内国法人が一定の外国関係会社の発行済株式又は出資の総数又は総額の 10%
以上を直接又は間接に有しており,その外国関係会社のうち,租税が存在しない国または地域に本店または主たる事務
所を有している若しくは各事業年度の所得に対して課される税の負担が本邦の所得に対する税負担に比して著しく低い
外国関係会社(以下「特定外国子会社等」という。)が各事業年度において適用対象金額を有する場合には,当該特定外
国子会社等が適用除外要件を満たさない限り,その適用対象金額のうちその内国法人の株式保有割合に対応する金額
を課税対象金額として,特定外国子会社等の各事業年度終了の日の翌日から2月を経過する日を含むその内国法人の
各事業年度の所得の金額の計算上,益金の額に算入することとされています(租税特別措置法「以下「措法」」66 の6①)。
外国関係会社の租税負担割合の判定により租税負担割合が 20%以下であり,特定外国子会社等に該当する場合にお
いても,当該特定外国子会社等が適用除外要件(①事業基準,②実体基準,③管理支配基準及び④所在地国基準又は
非関連者基準)をすべて満たすときは,法人税の確定申告書にその旨を記載した別表を添付し,かつ,その適用除外要
件を満たす旨を証明する書類等を保存している場合に限り,タックスヘイブン対策税制の適用はありません(措法 66 の6
③,⑦)。事業基準の判定においては,特定外国子会社等の主たる事業が以下の事業でないことが要件とされています。
①株式(出資を含む)若しくは債券の保有,②工業所有権その他の技術に関する権利等又は著作権の提供,③船舶又は
航空機の貸付け。事業基準においてこれらの事業(特定事業)が除外される趣旨は,これらの事業は,その性格からして
みてその本店所在地をわざわざ国外,とりわけ軽課税国等に本店を置かなくても,どこでも可能であり,本店を軽課税国に
4
Tax Equity and Middle Class Fairness Act of 2011 (H.R. 2495)
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おいて事業を営むこと自体に,積極的な経済合理性を見出すことは困難であるという考え方にあります。なお,特定外国
子会社等が2以上の事業を営んでいるときは,そのいずれの事業が主たる事業であるかは,それぞれの事業に属する収
入金額又は所得金額の状況,使用人の数,固定施設の状況等を総合的に勘案して判定することとされています(措法基
本通達 66 の6‐8)。従って,もし仮に,特定外国子会社の主たる事業が無形資産の権利の提供事業とされた場合,通常
事業基準を満たさないこととなりますので,注意が必要となります。
また,平成 22 年度改正によって,特定外国子会社等が適用除外要件を充足している場合,一定の資産性所得を当該子
会社に付け替えることによって,日本親会社での課税を回避することができるため,適用除外要件を満たす場合であって
も,当該所得は合算課税の対象とされました。部分適用対象金額の合計額が税引前所得の5%以下または1千万円以下
の場合は合算課税はありません。また,特定外国子会社等が行う事業の性質上,重要でかくことができない業務から生じ
た一定の株式配当・株式譲渡所得,債券利子・債券譲渡所得などは除かれます。一定の資産性所得とは,例えば,株式
保有割合 10%未満の株式からの配当等による所得または譲渡による所得(金融商品取引所の開設する市場において譲
渡されるものに限る),債権の利子にかかる所得またはその譲渡による所得(金融商品取引所の開設する市場において譲
渡されるものに限る)などですが,特許権,実用新案権,意匠権若しくは商標権または著作権(出版権および著作隣接権
を含む)の提供による所得が含まれますので,注意が必要となります。なお,特許権等の使用料については,「特定外国子
会社等が自ら行った研究開発の成果に係る使用料等」は,課税対象から除外されています。
これは,この資産性所得の合算課税は,所得の移転,外国子会社への所得の付け替えを防止する趣旨で課税するもので
あり,子会社が自ら開発したもの,あるいはその事業の用に供するために他から取得したものから生じる使用料は適用対
象外とされています。具体的には,下記①~③のように規定されております(租税特別措置法施行令 39 条の 17 の2⑮)。
①特定外国子会社等が自ら行った研究開発の成果に係る特許権等の使用料,この場合,その特定外国子会社等が研究
開発を主として行った場合に限ります。②特定外国子会社等が取得をした特許権等の使用料,これはその特定外国子会
社等がその取得につき対価を支払い,かつ,その特許権等をその事業の用に供している場合の使用料に限ります。すな
わち,所得の移転ではない,事業の用に供しているという趣旨です。また,特定事業として行うものは除きます(次号も同
様)。特定事業の場合,事業の用に供していることにはならないということです。③特定外国子会社等が使用を許諾された
特許権等の使用料,これはその特定外国子会社等がその許諾につき対価を支払い,かつ,同様に,その特許権等を事業
の用に供している場合の使用料に限ります。なお,これらの使用料は,内国法人が,その該当することを明らかにする書類
を保存している場合に限り,適用対象外となります。
なお,平成 23 年度税制改正大綱(平成 22 年 12 月 16 日閣議決定)において,近年の経済取引や企業活動のグローバ
ル化に対応した国際課税の課題の一つの論点として,「国際的な事業再編等を通じた無形資産の移転に係る国際課税の
あり方」が課題として提起され,今後の OECD における無形資産の移転に係る国際課税のあり方に関する国際的な議論
への参画の方向性が示されていますので,今後の行方に注目すべきことかと思われます。
3. まとめ・今後の動向
日本と同様に,最近米国でも法定税率引下げに関する議論が盛んに行われるようになりました。約4兆ドルの財政赤字を
抱えた米国が法定税率引下げを行うのは難しいと言われていますが,もしこのまま高税率が維持されるのであれば,米国
多国籍企業による所得の海外移転はますます進むと思われます。特に企業の収入源である無形資産の国外移転は低税
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率国に所在する企業との国際競争を勝ち抜く上でも欠かせない戦略の一つであるといえます。日本で法人税率引下げが
行われない場合,同じような状況にある日本企業も事業の効率化を伴うプリンシパル・ストラクチャー,および無形資産の
国外移転を検討する必要性が高まってくると予測されます。
以上
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