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米国はパテントボックスの検討をすべき時か? 岡田至康 海外論文紹介

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米国はパテントボックスの検討をすべき時か? 岡田至康 海外論文紹介
海外論文紹介
米国はパテントボックスの検討をすべき時か?
by Peter R. Merrill and James R. Shanahan Jr.
翻訳者:
税理士法人プライスウォーターハウスクーパース顧問
岡田至康
国際課税
はしがき 本稿は,平成24年 6 月29日開
主要分野担当のリーダー;Rémi Montredon
催の国際課税研究会における税理士法人プライ
はフランスの PwC –Landwell & Associés の
スウォーターハウスクーパース顧問 岡田至康
パートナーで,フランス R&D 実務担当リー
氏による「米国はパテントボックスの検討をす
ダー;Thierry Vanwelkenhuyzen は PwC
べ き 時 か?(
『Tax Notes International』 /
ベルギーのパートナー;Alexandru Cernat
2012年 4 月 2 日 号 掲 載 の“Is It Time for the
は PwC ルクセンブルグ事務所のシニアマネ
United States to Consider the Patent Box?”
)
」
ジャー;Stephen Merriman はディレクター
の日本語訳である。
で,PwC ア イ ル ラ ン ド R&D 実 務 担 当 の
リ ー ダ ー;Rachel Moore は 英 国 PwC ケ ン
ブリッジ事務所のシニアマネジャー;Gregg
Peter R. Merrill は Pricewaterhouse
Muresan は 米 国 の デ ィ レ ク タ ー;Pieter
Coopers LLP の 全 国 経 済 統 計 グ ル ー プ の
Van Den Berghe は PwC ベルギー事務所の
リーダーであり,James R. Shanahan Jr. は
シニアマネジャー;Andrea Linczer は PwC
PwC のグローバルの研究開発インセンテイ
ハンガリー事務所のマネジャー。これらの著
ブグループのリーダーである。二人ともワシ
者 達 は,Dick Ruge,Carolyn Singh 及 び
ントンに本拠を置いている。
Phillip Galbreath に対し,調査及び校正の支
José Elías Tomé Gómez は PwC スペイン
援に関して謝意を表している。
の R&D 実 務 担 当 の リ ー ダ ー;Guillaume
Glon はフランス出身のパートナーで,PwC
ニューヨークのフランス税務担当部のリー
Copyright © 2012 Pricewaterhouse
Coopers LLP. All rights reserved.
ダー;Paul Grocott は PwC ハンガリー事務
所のパートナー;Auke Lamers はオランダ
過去10年の間に,EU の 6 カ国が“パテント
出身のパートナーで,PwC ニューヨークの
ボックス(patent box)”税制を採用し,技術
オランダ税務担当部のリーダー;Diarmuid
革新活動の増進,高価値の職の創出及び維持,
MacDougall は パ ー ト ナ ー で,PwC 英 国 の
ならびに特許技術での世界的な指導的地位の育
R&D 及びパテントボックス実務担当のリー
成,を図っている(注1)。また,英国政府は,
ダー;Alina Macovei は PwC ルクセンブル
パテントボックス税制を2013年 4 月 1 日に実施
グのパートナーで,ルクセンブルグ知的財産
することを明言している。EU 加盟国によるパ
278
租 税 研 究 2012・9
テントボックス税制の採用は,EU を“世界で
IP 利用から所得が生じる年である。当初段階
最も競争力あるダイナミックな知識基盤経済”
での租税誘因措置には,“スーパー控除”や適
とすることを目指した経済発展計画である2000
格 R&D 支出に係る税額控除等があり,例えば,
年リスボン戦略(2000 Lisbon Strategy)に合
米国の研究税額控除や最近オランダで導入され
致している。
た R&D“スーパー”控除がある。対照的に,
表 1 に示されているとおり,現行の EU の 6
パテントボックス税制は,最終段階での租税誘
つのパテントボックス税制と英国税制案とでは,
因措置であって,一般に50~80%の控除あるい
その適格要件及び仕組は,かなり異なっている。
は適格 IP 所得の免除によって,IP 利用から生
例えば,ある税制では特許権(patents)に限
じる一定の所得に対して法人税率が軽減される。
られるが,その他の税制では他の類型の知的財
EU パテントボックス税制
産(IP)にも税務上の特典が与えられる。この
目的は,一般的には,適格 IP からの所得に係
る法人税率をかなり下げること,例えば名目税
以下に述べるのは,EU 6 カ国における現行
率を 5 ~15%とし,概して更に低い実効税率
のパテントボックス税制ならびに2011年12月に
(Effective Tax Rate:ETR)とすることであ
英国政府が公表した提案の概要である。
る。
(ベルギー)
をみれば,米国が同様の租税誘因措置を採用す
ベ ル ギ ー の 特 許 所 得 控 除(Patent Income
べきか,またそうであれば,どのような仕組み
Deduction:PID)は,2007年に導入され,ベ
とすべきか,という論点が生じる。他国で採用
ルギー企業又はベルギーに恒久的施設(PE)
されている異なる税制の詳細についてこの記事
のある外国法人に対して,適格総特許所得の
で述べられており,米国 IP ボックスの策定に
80%控除が認められる。従って,総特許所得の
あたり,国内 IP の開発及び所有の誘引と維持
20%だけが通常の法人税率での課税対象となり,
に取組む必要のある主要課題が明らかとなって
その結果,標準法人税率が33.99%( 3 %の付
いる。これらの課題には,例えば,次のものが
加 税 を 含 む ) で あ る こ と か ら, 名 目 税 率 は
あ る; ど の よ う な類型の IP を対象とすべき
6.8%となる。
か? どのような類型の IP 関連所得に優遇措
開発コスト及びその他の特許関連費用は,使
置が与えられるべきか? 適格 IP 所得はどう
用許諾料及び PID の対象となっている取得特
課税されるべきか? パテントボックス税制の
許権に関する償却を除き,引続き33.99%の通
採用に係る歳入コストはどれほどか?
常法人税率での控除が可能である。これらのそ
の他費用の控除は,その他の適用可能な税務上
パテントボックスとは何か
の特典(例えば,想定利子控除及び R&D 税額
控除)とならんで,適格特許所得に係る実効税
租税誘因措置が供与され得るのは,技術革新
率(ETR)を6.8%よりも引下げる可能性があ
のバリューチェインの初期段階である研究開発
る。PID の使用によって純営業損失を生じさ
費が発生する年か,あるいは最終段階である
せることはできず,従って繰越しもできない。
(注 1 ) “パテントボックス”の用語は,別の所得分類又は所得“ボックス”への低税率の適用を示しているようにみ
える。
租 税 研 究 2012・9
279
国際課税
EU 数カ国での IP 保有に係る税務上の特典
表 1 EU パテントボックス税制と英国案との比較
税務要素
ベルギー
フランス
ハンガリー
ルクセンブ オランダ
ルグ
スペイン
英国
名目税率
6.8%
15%
9.5%
5.76%
15%
10%
適格 IP
特許権及び 特 許 権, 延 特 許 権, ノ
追加特許証 長特許証明,ウハウ
特許可能発 商 標 権, 事
明
明, 及 び 産 業 名, 事 業
業上製作工 秘密
及び著作権
程
特 許 権, 商 特許 IP,又
標 権, 意 匠,は R&D IP
ドメイン名
模 型, 及 び
ソフトウエ
ア著作権
適格所得
特許所得引 適格IP管 使用料
く 取 得 IP 理コスト差
引後の使用
コスト
料純額
使用料
適格IPか 総特許所得
らの純所得
額
適格IPか
らの純所得
額
認 め る, 非
直接関連企
業からの場
合
認 め る,IP 認めない
が更に自己
開発される
場合
認 め る, 更
に 開 発, 積
極管理され
る場合
取得 IP は? 認 め る,IP 認 め る, 特 認める
が更に開発 定条件あり
される場合
5%
特 許 権, 秘 特 許 権, 追
加保護証明,
密方式
規制的デー
秘密工程
図 面, 模 型,タ保護
意 匠, 及 び 及び植物品
種保護権
ノウハウ
国際課税
特典の上限 控除を税引 なし
は?
前 所 得 の
100% に 制
限
控除を税引 なし
前 所 得 の
50%に制限
なし
あり,IP 開 なし
発の発生コ
ストの6倍
組込使用料 含む
を含むか?
含まず
含まず
含む
含む
含まず
含む
適格IP売 含まず
却益を含む
か?
含む
含む
含む
含む
含まず
含む
R&D 実 施 認 め る, 適 認める
は海外でも 格 R & D セ
ンターの場
よいか?
合
認める
認める
特 許 IP に
は 認 め る;
R&D IP に
は厳格要件
認 め る, 但 認める
し使用許諾
者の自己開
発の必要
適格使用料 認める
に係る源泉
税の税額控
除は?
認める
認める
認める
認 め る, 制 認 め る, 制 認める
限あり
限あり
実施年
2 0 0 1 年 , 2003年
2005年,
2010年
2008年
2 0 0 7 年 , 2008年
2010年
2013年
2007年12月
31日 後 に 開
発又は取得
の IP
2006年12月 認める
31日 後 に 開
発又は取得
の特許 IP
認める
2007年
既存 IP への 2007年1月1 認める
適用は?
日以降の認
可又は初使
用の IP
認める
情報源:プライスウォーターハウスクーパース LLP。2011年12月31日現在の情報による。
280
租 税 研 究 2012・9
保護証明に密接に関係するノウハウは PID の
protection certificates)
(特許保護期間の延長
適格になり得るようである。PID は,特許の
となる)は,ベルギー企業又は PE が,自らの
処分で実現したキャピタルゲインには適用され
特許開発活動を(全部であれ一部であれ)ベル
ない。
ギー又は外国の R&D センターで行った結果と
ベルギーの企業又は PE が特許を使用許諾す
して,これを所有することとなる場合には,
るのであれば,PID は受取使用料に基づいて
PID 適格となる。PID がまた適用されるのは,
計算される。PID の対象となる使用料額は,
特許権又は追加保護証明がベルギー企業又は
ベルギーの課税所得となって,非関連者間で合
PE によって関連者又は非関連者から─完全な
意されるような料金と合致する額が限度となる。
所有権,共同所有,用益権,又は使用許諾契約
ベルギー企業又は PE が,直接自ら又は自ら
によって─取得された際に,当該ベルギー企業
のために契約製造業者による特許産品の製造の
又は PE がベルギー国内又は外国にある当該企
ために使用する特許に適用される PID は,ベ
業又は PE の R&D センターにおいて当該特許
ルギー企業が,製造工程で使用される当該特許
産品又は工程を更に改良させている場合である。
を非関連者に使用許諾した場合に受取るとされ
適格となるためには,これらの改良が取得 IP
る仮定の使用許諾料(組込使用料)の80%であ
に係る新たな特許に繋がる必要はない。
る。
これらの規定の下で適格となるためには,
国外源泉使用料については,パテントボック
R&D センターは一つの“活動部局(branch of
スの対象となるものを含め,それに係る源泉税
activity)
” 又 は“ 業 務 ラ イ ン(line of busi­
をベルギーの租税債務から税額控除ができる。
ness)
”となるものでなければならない。即ち,
PID は, 一 般 に,2007年 1 月 1 日 以 降, 適
このセンターは,事業体のなかで,自立的に活
格特許として認められたもの,又は,初めて商
動できる部門でなければならない。PID の規
業的に使用されたものに適用される。
定によれば,この R&D センターは,ベルギー
の法定事業体に属する限り,ベルギー国外に
(フランス)
あってもよい。
フランス税法では,適格 IP の使用許諾,サ
ベルギーの企業又は PE は,R&D 活動の実
ブライセンス供与,売却又は譲渡から生じる収
施及び監督をするべく,関連する実態がなけれ
益又は利益は,特定の条件下で,15%の軽減法
ばならないが,特許権又は延長特許権証明の開
人税率(標準税率は33.33%)で課税される。
発にあたって,関連者又は非関連者のサブコン
適格 IP に含まれるものには,特許権,特許
トラクターを使うことも構わない。ベルギー企
取得可能発明,及びこれらの改良;特許権又は
業又は PE が,別企業のための“コントラクト
特許取得可能発明の延長である(但し,改良で
R&D”サービス提供者となっている場合には,
はない)産業上の製造工程;基礎的発明に関す
PID 適格にはなれない。というのは,これら
る証明,がある。適格 IP 権も,適格資産と考
企業等は,そこから生まれる特許の,所有者で
えられる。IP 権が取得されたもの(即ち,当
も,受益権保有者でも,被使用許諾者でもない
該企業の R&D 活動の結果によるものではな
からである。
い)の場合には,パテントボックス税制の適格
PID は,ノウハウ,商標,意匠,模型,秘
となるためには少なくとも 2 年間保有されねば
密の処方又は工程,営業又は学術に関する経験
ならない。適格 IP の開発には関連又は非関連
に係る情報,には適用されない。しかしながら,
のサブコントラクターを活用でき,これがフラ
ベルギーの税務執行をみると,特許権又は追加
ンス国外で行われることもあり得る。
租 税 研 究 2012・9
281
国際課税
特 許 権 及 び 追 加 保 護 証 明(supplementary
適格所得には,次のものが含まれる。
◦ 使用許諾(ライセンス)又はサブライセン
ス契約(いずれも,適格 IP 権の一部又は
全部をカバーし,独占的又は非独占的なも
の)の下で受領された使用料純額,即ち受
領した使用料の総額と使用許諾された適格
IP 権の管理のために(所有者に)生じた
事業上の秘密,及び著作権が含まれる。具体的
に,50%控除が適用されるのは次のものからの
所得である。
◦ 特許の利用権,産業法上の資産の意匠,及
びノウハウ;
◦ 商標の使用権,事業名,及び事業上の秘
密;
◦ 著作権で保護された作品の使用権及び保護
関連コストとの差に合致する額
◦ 適格 IP の譲渡(売却,現物出資,事業譲
渡等による)の場合に売却者によって申告
されたキャピタルゲインの純額,即ち譲渡
された作品に付帯する類似の権利;及び
◦ 上述の財産の譲渡(商標,事業名,及び事
業上の秘密を除く)
価額と譲渡のために譲渡者に生じた費用と
納税者が国内の R&D 活動によって開発した
の差に合致する額
IP については,特定の条件が満たされた場合
国際課税
被使用許諾者がフランス企業で,かつ実際に
には,R&D コストの200%の控除が可能であ
使用許諾された適格 IP を使用する場合には,
る。この“スーパー控除”は,R&D 控除を必
使用許諾者が15%の軽減税率で課税されている
要経費とすること及び100%の割増控除をも求
としても,被使用許諾者は標準税率の33.33%
め る こ と が 可 能 な 結 果 で あ る。 あ る い は,
での課税となる経常所得から当該使用料支払額
R&D 活動のコストが資本化される場合には,
を控除することができる。
企業は,発生した年の通常の100%控除に加え
国外源泉使用料については,パテントボック
て,その資本化された R&D に関連する毎年の
スの対象となるものを含め,それに係る源泉税
減価償却額だけ法人税の課税標準を減額できる。
をフランスの租税債務から税額控除することが
国外源泉使用料については,パテントボック
できる。
スの対象となるものを含め,それに係る源泉税
フランスのパテントボックス税制の当初の施
をハンガリーの租税債務から税額控除ができる。
行日である2001年より前に創生された適格 IP
ハンガリーのパテントボックス税制の施行日
からの所得は,軽減税率の適用対象である。
である2003年より前に創生された適格 IP から
の所得は,軽減税率の適用対象である。
(ハンガリー)
2012年 1 月 1 日から,IP の保持について,
ハンガリーのパテントボックス税制では,適
追加の租税誘因が適用可能である。適格 IP の
格 IP の所有企業は,関連者又は非関連者が当
売却に係る何らかの利益(又は現金によらない
該 IP の使用に対して支払う使用料の50%を控
資本増加)は,売却者が税務当局に当該取得を
除することができる。この控除は,他の利用可
申告し,また少なくとも 1 年間当該財産を保持
能な特別控除と併せて,当該企業の税引前所得
した場合には,法人税を免除される。あるいは,
の50%を超えられない。現在,ハンガリーの法
この申告がなされなかった場合でも,売却に
人税率は, 2 百万ユーロまでの課税所得には
よって実現した利益は,売却後 3 年以内にこの
10%,その額を超える所得については19%であ
課税対象利益が適格 IP の購入に使われる場合
り,その結果,適格 IP 所得に係る最高税率は
には,依然として免税となる。
9.5%となる。
適格 IP 権には,特許権及びその他の保護さ
(ルクセンブルグ)
れている知的作品,ノウハウ,商標権,事業名,
ルクセンブルグのパテントボックス税制では,
282
租 税 研 究 2012・9
2007年12月31日より後に取得又は自己開発され
あった。2010年 1 月 1 日から施行されている税
た適格 IP 権の使用または使用権から生じる純
制では, 5 %の税率の特典を受ける所得に最高
所得額について,80%免除を規定している。
限度額はない。
従って,適格 IP 純所得の20%しか標準法人税
居住納税者及び非居住納税者ともに,オラン
率(2012年は28.8%)での課税対象とならず,
ダのイノベーションボックス税制の特典を受け
結果として5.76%の名目税率となる。償却,
ることができる。納税者は,各適格 IP 権につ
R&D 費用,利子負担,及びその他の関連費用
いて,個別にイノベーションボックスの適用を
は,適格 IP 総所得から控除されねばならない。
選択することができる。この選択は,オランダ
この80%免除は適格 IP の売却によって実現し
法人税申告書上行われる。
たキャピタルゲインをもカバーする。
オランダのイノベーションボックス税制は,
適格 IP には,特許権,商標権,意匠,ドメ
適格 IP に帰せられる全ての所得純額(総所得
イン名,模型,及びソフトウエア著作権が
から関連費用及び償却分を差引き)及び適格
含まれる。ノウハウ,ソフトウエアに関連しな
IP から生じる純利益に適用される。イノベー
い著作権,方式,及び顧客リストは,この特典
ションボックスの適格となるには,IP は次の
取扱いの適格とならない。直接関係会社(10%
条件を満たさなければならない。
の直接親会社,子会社,又は姉妹会社)からの
◦ IP は,特許権又は R&D IP(定義は後述)
取得では適格 IP とはならない可能性がある。
でなければならない。商標,ロゴ,及び同
納税者が内部で使用する自己開発特許につい
種の権利は適格とはならない。
◦ IP は,一般的にはオランダの納税者のリ
た場合に当該納税者が稼得したとされる所得の
スクと責任で自己開発されねばならない。
80%相当額を,想定控除として営業所得から控
取得した IP は,オランダの納税者のリス
除できる。
クと責任で更に開発される場合には,適格
パテントボックスの対象となる使用料も含め,
となり得る。
国外源泉使用料に係る源泉税は,ルクセンブル
◦ IP は,特許権の場合には2006年12月31日
グの租税債務から一部税額控除が可能である。
の 後, ま た R&D IP の 場 合 は2007年12月
パテントボックス税制の施行日である2008年
31日の後,事業用資産となったものでなけ
よ り 前 に 創 生 された適格 IP からの所得は,
ればならない。
2008年 1 月 1 日以降にルクセンブルグ企業に
R&D IP は, 納 税 者 が オ ラ ン ダ 政 府 か ら
よって取得された場合には,軽減税率が適用可
R&D 認定を得ているもので,当該納税者が自
能である。
ら行ったあるいは自らのために他者により行わ
れた技術革新活動から生じる IP である。従っ
(オランダ)
て,イノベーションボックスは,自らの R&D
オランダは当初,2007年 1 月 1 日施行,実効
の取組みによる産品に係る特許の申請を行う意
税率10%でパテントボックス税制を採用した。
思のない企業や,ソフトウエア関連の無形資産
2010年 1 月 1 日から,当税制は拡張され,適格
や営業秘密のような EU 法で特許を取得できな
IP 所得に係る税率は 5 %に軽減された。この
い産品を開発する企業も利用することができる。
新税制は,
“イノベーションボックス(inno­
特許 IP については,R&D がオランダ納税
vation box)
”と称されている。
者のリスクと責任で行われなければならないが,
2010年より前は,軽減税率の特典を受けられ
必 ず し も オ ラ ン ダ で 行 わ れ る 必 要 は な い。
る所得の最高限度額は,開発コストの 4 倍で
R&D 認定を得た IP について,一般に R&D の
租 税 研 究 2012・9
283
国際課税
ては,当該特許の使用権を第三者に使用許諾し
国際課税
少なくとも50%がオランダで行われなければな
る。)パテントボックス税制は,スペインの
らず,また当該オランダの事業体は開発に当
R&D 税額控除税制を補完している。
たって極めて重要な調整の役割を果たさなけれ
適格 IP には,特許権,意匠,模型,図面,
ばならない。
秘密方式又は秘密工程,及び産業上,商業上,
オランダのイノベーションボックスは,特許
又は学術上の経験(ノウハウ)に関連する情報
権又は R&D IP に直接帰すことができる所得
に係る権利,が含まれる。パテントボックスか
に限定されない;即ち,物品又は役務の販売価
ら明示的に除かれるものには,商標;文学上,
格に組込まれている適格 IP の支払分にも適用
美術上,又は学術上の作品の著作権(映画フィ
される。この IP から生じる予想所得の30%超
ルム,肖像権,及びソフトウエアを含む);及
は特許権に帰されなければならない(この要件
び産業上,商業上,又は学術上の設備の賃貸,
は R&D IP には適用されないようである)
。
がある。
配分の問題は,移転価格の算定方法によって
適格 IP は,使用許諾者によって自己開発さ
解 決 さ れ, オ ラ ン ダ 税 務 当 局 と の 事 前 確 認
れたものでなければならず,また被使用許諾者
(APA)の対象可能となる。オランダ税務当局
によって自らの事業活動に使用されなければな
には,イノベーションボックスのルーリングの
らない。被使用許諾者が関連会社である場合に
処理を専担するイノベーションボックス・チー
は,これらの事業活動は,許諾者側で控除を生
ムがある。納税者との連携で,当チームは,特
じるような被許諾者による物品又は役務の供与
に,配分の問題,過去に控除された開発コスト
とはなり得ない。
の取戻し,及び段階的採込み(grow-in)モデ
このスペインの税制では純所得よりはむしろ
ルに関してイノベーションボックスの実際的な
総所得が免除されることから,適格 IP の開発
適用を進めてきた。
及び償却に係る全ての費用は,通常の法人税率
オランダのイノベーションボックス税制では,
で控除される。IP 契約が他の補助的役務を含
適格 IP からの損失は一般法人税率の25%で控
む場合には,適格 IP の使用に係る対価は当該
除が可能である。過年度の課税利得から控除さ
契約の中で明確に区別されなければならない。
れた適格 IP からの損失は,まず,軽減実効税
使用許諾者は,そのような純所得が適切に算定
率の適用前に,25%の一般税率で取戻がなされ
されていることを確保すべく,全ての必要な記
なければならない。このルールは,適格 IP に
録を備え置かなければならない。
ついてイノベーションボックスの選択がなされ
この免除は,適格 IP から生じる収益が当該
る前に控除される R&D コストにも適用される。
適格 IP を開発するために生じたコストの 6 倍
国外源泉使用料については,イノベーション
を超えた後の課税期間以降は適用がない。この
ボックスの対象となるものを含め,それに係る
限度に達する課税期間に稼得された全ての関連
源泉税は,一定の限度で,オランダの法人税債
収益はこの租税誘因措置の対象となる。従って,
務から税額控除ができる。
この誘因措置が適用される年度の数に関して特
別の限度があるわけではない。例えば,第 1 ,
(スペイン)
第 4 ,第10年度に 6 倍の限度を超えても構わな
2008年 1 月 1 日施行のスペインのパテント
い。
ボックス税制では,適格 IP の使用及び使用権
適格 IP は使用許諾者の貸借対照表上に無形
を手放すことから生じる総所得の50%が免除さ
資産として計上される必要はない。しかし,使
れる。(バスク地方パテントボックス税制は類
用許諾されている適格 IP に対応する直接又は
似しているが,一定の有利性が規定されてい
間接の収益及び費用が適切に算定されるよう,
284
租 税 研 究 2012・9
使用許諾者の現行年度又は過去年度の会計記録
に十分な開示がなされるべきである。また,納
税者は,収益及び開発コスト,また混合契約
得に基づくこと
◦ 適格 IP から直接的(例えば,使用許諾)
及び間接的(例えば,特許産品の製造)に
(適格 IP 権とその他の付随サービスをカバーす
生じる両所得を含めること
るもの)については収益の配分,を詳述した十
◦ パテントボックスの選択適用
分な情報を保持しなければならない。
◦ 定式アプローチの使用による法令順守及び
このパテントボックス免除は,たとえ被使用
許諾者がスペインにいる場合や,被使用許諾者
が許諾者と同じスペインの連結納税グループに
執行負担の最小化
◦ 特典は適格 IP の開発に積極的に従事する
納税者に限定
英 国 の 知 的 財 産 局(IPO:Intellectual
引は連結納税申告の一部として消去されない)
,
Property Office) 又 は 欧 州 特 許 局(EPO:
グループ内取引に適用される。
European Patent Office)によって認められた
スペインのパテントボックス税制は,適格
特許権のみが,パテントボックス税制上,適格
IP 所得を国外源泉と国内源泉とで区別しない
特許とみられる。しかしながら,パテントボッ
が,被使用許諾者は,スペインでリスト掲載さ
クスは,英国企業が適格特許でカバーされる発
れているタックスヘイブンや無税法域の居住者
明から稼得した全世界所得を対象とし,特定の
であってはならない。スペインの国外源泉から
IPO 又は EPO 特許の地理的制限内で生じる所
生じた使用料収入について,支払源泉税に係る
得に限られない。
税額控除が認められるが,次のいずれか低い額
追 加 保 護 証 明(supplementary protection
が限度となる。
certificates), 規 制 的 デ ー タ 保 護(regulatory
⑴スペイン法人税と同一又は類似の税として
data protection),及び植物品種保護権(plant
海外で実際に支払われた額,又は,⑵当該所得
variety rights),はこのパテントボックス提案
がスペインで稼得されたとした場合にこの税制
に含まれている。その他の商標権,著作権,意
の下で課される額。
匠のような非特許 IP は除かれる。というのは,
政府の考えでは,これらは技術革新に直接関連
(英国のパテントボックス税制提案)
する程度が低いからである。
2011年12月 6 日,英国政府は,2013年 4 月 1
英国のパテントボックスは,特許を完全に所
日実施予定のパテントボックス税制案の改訂
有しているか,適格特許利用の独占的使用許諾
(注2) を公表した。このパテントボックス税制
(少なくとも全国的な)を得ている企業には,
は─10%の税率で─,英国の現在の R&D 租税
適用可能である。この特許は,納税者が直接に,
誘因措置を補完するものとなろう。
又はパートナーシップ,合弁事業,若しくは費
この英国パテントボックス提案に反映されて
用分担契約によって開発したものでもよい。
いる基本的な設計原則は次のとおりである。
適 格 と な る た め に, 納 税 者 は, 開 発
◦ 適格 IP を特許及びその他何らかの別途立
management)テストを満たさなければならな
証された技術革新に限定
◦ 特典は適格 IP の開発及び利用からの純 所
(注 2 ) (development) テ ス ト 及 び 積 極 管 理(active
い。開発テストでは,納税者又はその他のグ
英 国 歳 入 関 税 庁,“Consultation Draft on Profits Arising from the Exploitation of Patents” 及 び“The
Patent Box: Technical Note and Guide to the Draft Legislation”(2011年12月 6 日)
租 税 研 究 2012・9
285
国際課税
属している場合でも(この場合は,使用許諾取
ループメンバーが,IP,IP を含む何らかの産
品,又は IP を応用する方法,を開発するため
◦ 企業の適格 IP の使用権を認めることから
の使用許諾料及び使用料
に多大な活動を行っていることが求められる。
◦ 適格 IP 権の売却又は処分からの所得
この開発活動は,IP 取得後に生じることもあ
◦ 企業の適格 IP の侵害に対する補償として
る。事実と状況に基づき,納税者の貢献は,コ
スト,時間,努力,ないし価値の故に,多大で
受領した額
◦ そのままでは RIPI ではない所得を生じる
あ る こ と も あ ろ う。 積 極 所 有(active
適 格 IP の 当 該 課 税 年 度 中 に お け る 使 用
ownership)テストでは,納税者又はその他の
(例えば,工程特許及び適格 IP を使用して
グループメンバーは,IP を積極的に管理する
の役務提供)に係る想定独立企業間使用料
ことが求められ,これには当該企業の資源と責
〔第 2 ステップ─利得配賦又は所得振分け〕
務及び当該 IP に関しての企業の決定の影響に
納税者が RIPI に帰せられる純所得を計算す
考慮が払われる。
るには二つの方法がある。即ち,全利得の配賦,
英国パテントボックスの特典は,提案では,
又 は RIPI へ の 費 用 の 配 分( 振 分 け
5 段階の計算を使って,算定される。
(streaming)と称される)である。より簡便
1 )関連 IP 所得(RIPI:relevant IP income)
の特定
納税者の全利得に,RIPI の全総所得に対する
2 ) 利 得 配 賦 又 は 所 得 振 分 け(income
streaming)を使って RIPI を計算
割合をかけて,算定される。代わりに,納税者
は, 継 続 的 か つ“ 正 当 で 合 理 的 な(just and
3 )ルーテイーンの利益を除去し,適格残余
国際課税
利
なアプローチである配賦では,適格純所得は,
得(QRP:qualifying residual profit)
を算出
reasonable)”基準で,RIPI と非適格所得の間
で費用を配分することを選択できる。この選択
は,全ての営業及び将来年度に適用される。場
4 ) 販 売 利 益 を 除 去 し, 関 連 IP 利 得
合によっては,振分けが強制される。
(RIPP:relevant IP profit)を算出
配賦又は所得振分けのために,幾つかの調整
5 )RIPP にパテントボックスを適用
がなされる。
〔第 1 ステップ─ RIPI(関連 IP 所得)の特
◦ R&D 拡 大 控 除( 英 国 法 で 認 め ら れ る
R&D の租税誘因措置)は考慮されず,そ
定〕
パテントボックス計算の出発点は,企業の営
業からの全総所得であるが,金融所得,リング
れにより,パテントボックス対象所得額が
増加する。
フェンスされた石油採掘所得,及び非独占的特
◦ 金融の所得及び費用はないものとされる。
許権の利用からの所得は除かれる。納税者が複
◦ パテントボックス選択後の当初 4 年間で,
数の営業を行っている場合には,パテントボッ
R&D 控 除 額 が, 当 選 択 前 の 4 年 間 平 均
クス特典は,各営業毎に別個に計算される。
(累積ベースで算定される)の75%より少
RIPI として適格となり得るのは次の 5 つの総
ない場合には,実際の控除額ではなく,む
所得類型である。
しろ当平均額が使われなければならない。
◦ 特許品目又は特許品目がその有用期間中物
理的に組込まれている品目の売上からの収
〔第 3 ステップ─ QRP 算出のためにルーテ
イーンの利益を除去〕
入,及び特許品目に組込まれるようにデザ
IP に帰属するとみなされる純所得は,
“ルー
インされた予備の部品や品目からの収入で,
テイーン”の利得を差引いた後の残余として計
これらが当該特許保有者によって売却され
算される。ルーテイーンの利得は,次のコスト
る場合
の10%として一律に計算される。
286
租 税 研 究 2012・9
◦ 外部供給の勤労者を含む人員
れる。2013年に認められるパテントボックス控
◦ 土地建物(税務上控除可能な場合)
除部分は60%で,2017年に100%になるまで毎
◦ 工場及び機械(資本控除,賃借コスト,建
年10%ポイントずつ増加する。
設,維持,操業及びアフターサービスのコ
納税者にマイナスの RIPP がある場合には,
ストを含む)
,及び
関連 IP 損失(RIPL)とされ,この損失は,他
◦ 種々のサービス(例えば,ソフトウエア,
の何らかの営業又はグループ企業の RIPP と相
コンサルタント,公共料金,及び輸送)
殺されなければならない。差額の RIPL は,繰
次のコストはルーテイーンの利得の計算から
越され,当該グループの将来の RIPP と相殺す
除かれる。
るのに使われなければならない。特許出願中の
◦ R&D 税額控除又は R&D 拡大控除の適格
ものについては,特許権承認前 6 年間に稼得さ
となる支出(これらは適格 IP の創生に関
れた RIPP は,承認の年に考慮され得る。
係する可能性が高いからである)
,
国外使用料の源泉税に係る税額控除は,パテ
◦ 金融費用,及び
ントボックス控除後の使用料所得に係る英国税
◦ 原材料及び再販売用に購入された商品のコ
額まで認められる。
パテントボックスは,各企業単位で納税者の
スト
〔第 4 ステップ─販売利益を除去して,RIPP
選択によって利用可能で,納税者の営業及び将
来期間の全てに適用される。企業がパテント
を算出〕
適格 IP に帰属するとみなされる残余利得部
ボックスの適用をやめる選択をすれば, 5 年間
分 は, 想 定 販 売 使 用 料(NMR:Notional
は,再び選択することができない。
 租税回避防止規定
過する分を,QRP から控除した残余のものと
独立企業基準が,関連企業間取引に適用され
して算定される。NMR は,非関連者であれば
る。
RIPI に関係する販売資産(商標,顧客情報等
パテントボックスの濫用を防止するため,英
を含む)の独占的利用権に対して課すような独
国政府は,次のことを防止する規定を含めるよ
立企業間の使用料年率を RIPI に乗じて算定さ
う提案している。
れる。NMR で実際の販売使用料を超える額が
◦ 単にパテントボックスの適格所得とするた
QRP の10%未満の場合には,販売の控除は不
めに,産業上無関係な特許を産品に含める
要である。代わりに,納税者は,QRP の25%
こと
の控除を選択できるが,パテントボックスの適
◦ 単にパテントボックスの適格所得とするた
格となり得る所得額は100万ポンドに制限され
めに,無用の独占的権利を使用許諾契約に
る。
付加すること
〔第 5 ステップ─ RIPP にパテントボックス
◦ 所得又は費用の作為的処理,及び
◦ パテントボックス所得を作為的に増加させ
を適用〕
関連 IP 利得は,RIPP の X パーセントに等
るためにするグループ内での特許権の譲渡
しい控除が認められ,ここで,X =(T -10)
/T,T は法定法人税率(2013年は23%)であ
(米国パテントボックス税制の設計)
ることから,実効税率10%で課税される。パテ
他国がパテントボックス税制を採用していな
ントボックスの特典を,当制度の施行後に開発
かったとしても,米国の租税制度は,技術 IP
された IP に制限するよりはむしろ,パテント
の開発及び保有にとって,OECD 加盟国で最
ボックス控除が 5 年間に亘って段階的に導入さ
も魅力に乏しい国の一つである。
租 税 研 究 2012・9
287
国際課税
Marketing Royalty)が実際の販売使用料を超
最新の OECD データによれば,2009年現在,
米国は,R&D 1 ドル当たりに供与される租税
(IP の適格類型)
 IP 定義
誘因措置の価値で,38カ国中(OECD 加盟32
最初の問題は,適格 IP の範囲を定義するこ
カ国に加えて,ブラジル,中国,インド,ロシ
とである。いくつかの EU 加盟国(ベルギー,
ア,シンガポール,及び南アフリカを含む)24
フランス,オランダ,及びスペイン)は,IP
番目に位置している(注3)。米国の研究税額控
ボ ッ ク ス 税 制 の 範 囲 を, 特 許 権, 及 び 適 格
除が2011年12月31日に期限切れとなったことか
R&D 活動から生じる秘密方式や秘密工程のよ
ら,今や米国の R&D に供与される租税誘因措
うな産業上利用される一定の IP,に限ってい
置は,OECD のランキングで示されているも
る。その他の EU 加盟国(ハンガリー及びルク
のよりも一層低くなっている。
センブルグ)は,例えば著作権(EU 法の下で
その上,OECD の2011年データによれば,
は一般に特許権取得ができないソフトウエアに
米国における連邦と州平均の法定法人税率の合
係る著作権を含む)並びに商標及び商号等の販
計(39.2%)は,OECD 諸国の中では, 2 番目
売無形資産等,更に広範囲の IP を含めている。
に高く,他国の平均(25.1%)よりも14%ポイ
より狭いアプローチを採っている国々は,主に,
ント高い。従って,米国保有の IP から稼得さ
特許権主体の技術革新を促進しようとしており,
れる使用料及び使用許諾の所得は,平均的な
より広いアプローチを採っている国々は,自国
OECD 加盟国保有の IP よりも50%高い率で課
の課税標準に IP を惹きつけて,抱えておくこ
税されている。この IP 課税の不均衡は,パテ
とに,より関心がある。
ントボックス税制を有する国との比較では,一
 国内開発
国際課税
層大きくなっており,これらの国では適格 IP
二番目の問題は,IP ボックスの取扱適格と
は一般的には 5 %から15%の間で課税されてい
なるには,実質的に全ての IP 開発活動が米国
る。
内で行われるべきかどうかということである。
IP は比較的に可動性があることから,米国
この要件は,米国研究税額控除が米国内で行わ
の政策立案者達は,米国における IP の創生及
れる研究に限られていることと整合的であろう。
び商業化のためのより魅力的な租税環境を提供
EU のパテントボックス税制は,いずれも,IP
するため,パテントボックスを─単独の措置と
開発活動が自国内で行われることを求めていな
して,又は更に基本的な税制改革の一環として
いが,これは一見したところ EU 条約違反とな
─採用することの検討を望む可能性がある。
るからであろう。
米国の IP パテントボックスを設計するには,
 取得 IP
例えば,次のようないくつかの論点への対応が
第 3 番目の問題は,適格 IP は,自己開発で
なされなければならない。
なければならないか,あるいは他から取得され
◦ どのような類型の IP を適格とするのがよ
いか
るものでよいかどうか,ということである。ス
ペインを除いて,EU のパテントボックス税制
◦ どのような類型の IP 関連所得に優遇措置
を与えるのがよいか
は,取得 IP を完全には排除していない。しか
しながら,パテントボックス特典を得るために
◦ 適格 IP 所得はどう課税されるのがよいか
は,納税者は一般に更に IP を開発しなければ
◦ 歳入コストはどれくらいか
ならず,またパテントボックス所得から IP 権
(注 3 ) “OECD
288
Science, Technology, and Industry Scoreboard 2009”(OECD)
租 税 研 究 2012・9
取得のコストを控除しなければならない(注4)。
に,IP ボックス特典の適格対象者とはならな
従って,原則的には,パテントボックス特典の
い。この制約は,当該納税者の連結グループメ
適格となるのは,納税者が取得 IP に付加した
ンバーではない関連者(例えば,国外系列会
価値のみであり,パテントボックス特典を,複
社)に使用許諾することで,回避され得る(注
数の納税者が同一所得について求めることはで
5)
。
きない。
その他の国(ベルギー,ルクセンブルグ,及
 契約 IP
びオランダ)では,適格 IP を自己利用する企
第 4 の問題は,IP 開発活動が直接納税者に
業は,非関連者に使用許諾した場合に稼得され
よって行われねばならないのか,又は関連者で
得る想定(組込)使用料に係るパテントボック
あれ非関連者であれ,他の者によって行われて
ス特典を求めることができる。組込使用料に係
もよいのかどうか,ということである。ベル
る独立企業間価値の算定は,複雑な移転価格の
ギー,オランダ,及びハンガリーでは,納税者
問題を生じさせるが,類似の問題は,現行法で
が直接 IP 開発活動を行うことは求められてお
も,企業が税務上の系列グループ外の関連者
らず,一定の条件下で,契約 R&D 及び費用分
(例えば,国外系列企業)に IP を使用許諾する
場合に生じている。
担契約が認められている。
 既存 IP
 総所得又は純所得
第 2 番目の問題は,パテントボックス特典の
グ,及びオランダのように,既存 IP が,パテ
対象となるのは,総所得か純所得か,いずれが
ントボックス税制から除かれるべきかどうか,
よいかである。オランダを除いて,パテント
と い う こ と で あ る。 こ の ア プ ロ ー チ は,IP
ボックス税制のある EU 諸国は,一般に,開発
ボックスの持つ誘因効果を減ずることなく,歳
コストを IP ボックス所得から控除することを
入コストを抑えている。この難点は,新規と既
求めていない。その結果,適格 IP に係る実効
存の IP に帰せられる所得の区分が,特に多数
税率は,名目パテントボックス税率よりもかな
の特許でカバーされている産品について,複雑
り低くなり得るところであり,実際,マイナス
であるということである。既存 IP を除くこと
になり得る。
の代替案は,英国で提案されているように,数
設例: 特許が100ドルのコストで開発され,
年かけて段階的にパテントボックスの特典を採
そこから一連の使用許諾所得が現在価値で200
り込むことである。
ドルを生じている。ベルギーのパテントボック
スでは,80%特許所得控除のため,使用許諾所
(優遇措置)
得の20%しか課税対象にならず,課税所得の現
 組込使用料
在価値は,マイナス60ドル(使用許諾所得200
いくつかの国(フランス,ハンガリー,及び
ドルの20%引く R&D 費用の100ドル)となる。
スペイン)では,適格 IP の使用許諾から生じ
ベルギーの法人税率33.99%では,当設例での
る所得に対してのみ IP ボックス特典を与えて
パテント所得に係る租税債務の現在価値はマイ
いる。その結果,これらの国では,適格 IP を
ナス20.4ドル(マイナス60ドルに33.99%を乗じ
他者に使用許諾せず自己利用する企業は,一般
る)となり,マイナス20.4%の実効税率に相当
(注 4 ) フランスでは,更に,取得
IP がパテントボックス適格になるには, 2 年超所有されることが求められる。
(注 5 ) スペインでは,グループ内使用許諾は,グループ内使用料がパテントボックス上連結されないことから,適
格とされる。
租 税 研 究 2012・9
289
国際課税
第 5 番目の問題は,ベルギー,ルクセンブル
する(注6)。企業内 R&D に係るベルギーの租
税誘因措置の下で,R&D 支出の100%超が控
 特許承認前所得
しばしば長くかかる特許承認過程のために第
除可能の場合は,当設例での実効税率は更に低
4 番目の問題が生じる─特許出願中に稼得され
くなるであろう。
た所得の取扱い方である。英国は,特許承認の
開発費用をパテントボックス所得に配分する
年に,特許承認前所得( 6 年を超えない)につ
ことを求めることは,執行上の複雑さを増すも
いて,パテントボックス特典を認めることを提
のの,非関連所得に係る課税標準が侵食される
案している。オランダも,特許承認の年より前
のを防ぐことになる。費用配分の代替として,
に稼得された適格 IP 所得について効果的にイ
いくつかの国では,パテントボックス特典に上
ノベーションボックスの適用を認める仕組みを
限を設けている。例えば,パテントボックス控
有している。英国の提案は,特許保有者が自ら
除で相殺できるのは,ハンガリーでは,税引前
の手で如何ともし難い承認過程での遅れのため
所得の50%までで,ベルギーでは100%までで
に不利な立場に置かれること(例えば,他の発
ある(即ち,パテントボックス控除で純損失を
明者による異議)のないようにしている。
生じさせられない)
。スペインでは,パテント
 国外利用
ボックスの IP 所得は,開発コストの 6 倍を超
第 5 番目の問題は,国外利用からの所得─例
えられない。ただ,このアプローチは費用配分
えば,関連又は非関連会社が海外で特許産品を
の複雑さを避けられるわけではない。
製造し,適格 IP の使用に係る使用料を当該納
 売却からの収益
税者に支払う場合─をパテントボックスに含め
国際課税
第 3 番目の問題は,適格 IP の売却からの収
るのがよいかどうかである。EU 加盟 6 カ国の
益が,フランス,ハンガリー,ルクセンブルグ,
パテントボックス税制は,いずれも,適格 IP
及びオランダの場合のように,パテントボック
の国内利用からの所得に限っていないが,これ
ス特典の適格となる,というのがよいかどうか
を行えば EU 条約違反になるからである。しか
である。IP の売却からの利得がパテントボッ
し,米国は,同様の制約には服さないであろう
クス税制から除かれて,売却がなければ売却者
し,IP ボックス特典を国内利用からの所得に
が得ていたようなパテントボックス特典につい
限ることを選択できよう。例えば,議会は国内
て,同じパテントボックス特典を購入者が得ら
製造控除(DMD)をこのように制限すること
れない場合には,適格 IP を使用許諾するのと
を選択した(内国歳入法199条参照)。
は対照的に,売却を控える誘因となる。この場
 権利侵害支払額
合,IP が十分に価値あるものであれば,購入
第 6 番目の問題は,適格 IP の所有者が,自
者は,パテントボックス特典を確保するために,
らの IP 権を侵害されたことに対して受ける支
IP よりはむしろ,当該会社を買収することを
払額の取扱いである。英国のパテントボックス
選ぶ可能性がある。このようなひずみを生じさ
案では,適格 IP の侵害に対して受ける支払額
せない一つの方法は,パテントボックスに適格
は,パテントボックス特典の対象となる。権利
IP の売却に係る収益を含めるとともに,購入
侵害支払額が,使用許諾料として支払われるは
者には入手コスト分をそのパテントボックス所
ずであったが実際には支払われなかった分に相
得から差引くよう求めることである(従って,
当する限りにおいて,権利侵害支払額を使用許
二重の特典にはならない)
。
諾料と同様に取扱うことは,パテントボックス
(注 6 ) 租税債務の現在価値(-20.4ドル)を純特許所得(100ドル)の現在価値で割って算定。
290
租 税 研 究 2012・9
の趣旨に合致している(注7)。また,権利侵害
減税率で別個の税計算を行うことであろう。い
支払額は,支払者のパテントボックスから控除
ずれの仕組みによっても,類似の税務取扱いが
されるべきでもあろう。関連する問題は,無効
達成されるが,控除アプローチはより単純で,
とされた特許の取扱いである。原則的には,無
かつ,別個の所得税率と異なり,財務諸表目的
効とされる前に受けたパテントボックス特典は
上の繰延税金勘定の評価に何の影響もない(注8)。
取り戻されるべきであろうが,英国で提案され
 対象納税者
ているのは,より寛大な規定であって,パテン
第 2 番目の問題は,米国パテントボックス税
トボックス特典は取り戻されず,単に将来に
制は,法人納税者に限るのがよいかどうか,ま
亘ってのみ否定されるというものである。
た,そうでない場合には,外国企業の国内支店
 一括 IP
に適用するのがよいかどうかである。
ときによっては,企業は一つの使用許諾契約
 特典の上限
に,各種所有 IP に対する権利を含ませる場合
第 3 に,特典を受ける額に制限があるのがよ
がある。この使用許諾で適格及び非適格 IP の
いのであろうか?上述したように,IP 控除は,
両方がカバーされている場合には,適格 IP に
ハンガリーでは税引前所得の50%に,またベル
帰属させ得る部分だけが確実にパテントボック
ギーでは税引前所得の100%に限られる。関連
スに含まれるよう,使用許諾支払額を二つに区
する問題には,IP ボックス税制の特典は代替
分する必要があろう。理論的には,租税濫用を
ミニマム税債務の計算の際に,考慮されるのが
防ぐため,使用許諾料は独立企業原則に基づい
よいかどうか,ということがある。
て二区分されるべきである。しかしながら,実
 選択性
第 4 に,パテントボックス税制は,選択適用
個々の項目の価値よりも大きい場合に,それら
ないし自動適用のいずれがよいか,また,選択
の構成要素それぞれの評価をつけるのは,困難
適用の場合には,企業単位毎か各項目別かいず
なことであろう。納税者が,IP を相互使用許
れの選択権があるのがよいのであろうか?任意
諾する場合には,差額現金支払の有無に拘わら
に選択ができるということは,費用が IP ボッ
ず,類似の問題が生じ得る。
クス所得に配分される場合には,特に重要であ
る;その場合,納税者は,租税特典を最大化す
(適格 IP 所得の課税)
るために,IP ボックスから損失を除外するこ
 控除又は軽減税率
とを望むだろうからである。
パテントボックス税制を持つ全ての EU 加盟
 外国税額控除
国では,フランスを除き,特許所得控除に
国外源泉の使用料が米国 IP ボックスに含め
よって,適格 IP 所得に係る軽減税率を実現し
られることになった場合には,本来これらの使
ている。このアプローチは,米国の国内製造控
用料に係る外国源泉税に対して認められる税額
除に似ている。一つの代替案は,米国のキャピ
控除について,追加の限度を課すのが適当かも
タルゲインに係る軽減個人所得税率のように,
しれない。例えば,IP ボックス控除が国外使
パテントボックスに係る適格所得に対して,軽
用料の80%について認められる場合には,外国
(注 7 ) 権利侵害支払額で懲罰的損害賠償金に相当する分については,いかなる分も英国パテントボックスに含まれ
ないと推定される。
(注 8 ) 別個の税計算(分類スケジュール)アプローチの下での課税時期及び税額は,各分類スケジュール内の損失
が他の所得と相殺可能なのかどうか,また損失繰越がどう取扱われるのかによって,特許所得控除とは異なり得る。
租 税 研 究 2012・9
291
国際課税
際のところ,各種所有 IP 権の集合価値が IP
税額控除は関連する源泉税の20%についてしか
R&D に係る国内支出水準の比較に基づく算
認められない可能性がある。
出では,英国型パテントボックスの米国でのコ
 濫用防止規定
ストは,2017年に年あたり約140億ドルとなろ
別の問題は,国外関連者からの使用料が IP
う(注10)。歳入コストが年 7 %で増大していく
ボックス適格となり,また米国納税者が同時に
とすれば,米国の歳入コストは,2010年レベル
国外関連者に控除可能支払いをする事態に対処
で約90億ドルとなろう。
するために,スペインのものと類似の濫用防止
これと比較して,合同租税委員会スタッフの
規定が,必要となる可能性があるかどうかであ
推計によれば,研究税額控除に係る税収コスト
る。このような濫用防止規定は必要ないかもし
は2010年で約40億ドルであり,オランダ及び英
れない,というのは,米国の濫用防止規定は強
国のパテントボックスのコストを米国レベルで
力で,海外基地会社の販売及び役務の所得を含
比較算出したところの半分未満であった。オラ
むからである。
ンダないし英国型のパテントボックスを米国で
採用するコストは,米国法人税率の 1 %ポイン
(歳入コスト)
ト軽減のコストとほぼ同じであるとみることも
パテントボックス税制の米国での歳入コスト
できる。
見積りが,議会ないし財務省スタッフから公表
結 論
されていないが,他国の経験が有用な参考とな
るかもしれない。
国際課税
ベルギー財務省によれば,特許所得控除は
米国は,税の観点からは,IP を開発及び所有
2008年の2650万ユーロから2010年に 6 億570万
するには比較的魅力に乏しい場所である。米国の
ユーロに増加し,その年に約 2 億600万ユーロ
R&D に係る租税誘因は OECD 加盟国の中で下位
の節税となっている。R&D に係る国内支出水
半分に位置しており,法定法人税率は,2012年 4
準の比較に基づく算出では,ベルギー型パテン
月 1 日時点では,日本が法人税率を引下げたこと
トボックスの米国でのコストは,2010年レベル
から,最も高くなった。過去10年間で,EU 加
で,約110億ドルとなろう(注9)。
盟 6 カ国で IP ボックス税制が採用され,米国
英国パテントボックス案は未だ実施されてい
の競争力は一層低下した。その結果,米国の政
ないが,英国政府は,段階的導入が完了する際
策立案者は,パテントボックスないし IP ボッ
には,歳入コストが約11億ポンド(2017年に約
クスの採用を,個別に又は税制改革の一環とし
17億ドル)と見込んでいる。
て,検討することを望むかもしれない(注11)。
(注 9 ) 2012年
1 月 2 日時点での 1 ユーロ1.2945ドル,及び OECD の2008年 R&D 支出データによる。
(注10) 2012年
1 月 2 日時点での 1 ポンド1.5512ドル,及び OECD の2008年 R&D 支出データによる。
(注11) テリトリアル税制案の一環として,財務省は国外使用料所得の半分を免税にするとの案を検討した。この案
の基本的論拠は,国外使用料所得に係る米国の税を相殺するために高税額の配当に係る外国税額控除を利用する
納税者にとって国外使用料所得に係る租税負担が増加するのを埋合せることであった。財務省“Approaches to
Improve the Competitiveness of the U.S. Business Tax System for the 21st Century”(2007年12月20日),Doc
2007-27866, 2007 TNT 246-31参照。2011年10月26日,下院税制委員会委員長の Dave Camp(共和党,ミシ
ガン州選出)は,三つの課税標準侵食防止規定を含むテリトリアル所得税案を公表したが,その一つは,米国企
業の IP 所得(外国基地会社の無形資産所得として米国親会社の所得に含まれる国外関連者の無形資産所得を含
む)について,非米国顧客への商品及び役務の提供に帰すことができる限りにおいて,40%の控除を認めようと
するものである。
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租 税 研 究 2012・9
IP ボックスは,多大の歳入コストとなり,
文書の公表,一般からのコメント募集,仮条文
また相当の法令遵守及び執行の負担となり得る。
案の公表,に使っている。この周到でかつ意見
従って,米国の IP ボックスを作り上げるのに
を聴くアプローチは,米国が参考とすべき良い
十分な時間のあることが重要である。英国では,
モデルであろう。
政府はパテントボックス導入の意向をその 3 年
前に公表し,これまでにその間の時間を,諮問
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国際課税
租 税 研 究 2012・9
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