週刊 「経営財務」 2013 年 6 月 10 日号掲載 「アジアビジネス最前線!タイ国における移転価格税制の現状」
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週刊 「経営財務」 2013 年 6 月 10 日号掲載 「アジアビジネス最前線!タイ国における移転価格税制の現状」
週刊 「経営財務」 2013 年 6 月 10 日号掲載 「アジアビジネス最前線!タイ国における移転価格税制の現状」 プライスウォーターハウスクーパース バンコク会計事務所 日本企業部パートナー 魚住 篤志 日本企業部マネージャー 米岡 光二郎 タイは東南アジアの地理的要衝にあり,自動車産業をはじめとした日系企業が多く進出している。日本との 比較でいうと,タイは一般的に 20%という低い法人税率が適用されること,加えて,タイ政府が与える免税 恩典等の優遇税制を受けられることから,タイ子会社は大きな税務メリットを享受できる。一方で,日タイ双 方の税務当局は,グループ企業間取引を通じて自国で課税すべき所得が海外流出することを防止するた め移転価格税制を厳しく執行している。特に現在,日タイ双方の国で災害からの復興という点で政府の歳 出増加が予定されており,それに見合う税収の確保が求められている。 昨年 12 月に現地の新聞に掲載されたタイの歳入局長官のコメントによると,移転価格の調査案件毎の更 正所得は平均3億バーツである。政府統計に基づく公的な金額ではないが,タイ税務当局の関心の高さが 伺える。 ◆移転価格税制とは 移転価格税制とは,海外に所在する子会社等へ製品及びサービス等の販売価格(以下,「移転価格」とい う)を通じて,本来であれば国内で課税される所得の海外流出を防止することを目的とした税制である。現 在では,先進国だけではなく,中国,韓国,台湾,インド,タイ,マレーシア,インドネシア及びベトナム等の アジア諸国でも導入されている。 親子会社間取引をはじめとするグループ内取引であれば移転価格を自由に設定できるため,移転価格の 設定次第で,親会社の所在国あるいは法人税率の低い国へ所得を移すことが可能になる。例えば,日本 とタイの取引では,親会社への製品販売価格を高く設定することで,法人所得に対する実効税率が約 38%の日本から,実効税率が 20%のタイ子会社に利益を移すことが可能となる。 移転価格税制は,過去の複数年(日本では最高6年)に遡って各国税務当局が課税できることから追徴課 税額が高額になること,加えて,各国税務当局に移転価格を通じた海外への所得移転が無いことを説明す ることが極めて難しい点が特徴である。 PwC 1 ◆日系タイ子会社にまつわる典型論点 日系のタイ製造子会社においては,部品および原材料を現地調達し,製品の販売も直接海外市場に行う 取引が進展し,日本の親会社との取引は,ロイヤルティまたはサービスフィーのみという日系タイ製造子会 社も少なくない。日本税務当局は,直接取引の減少傾向から親会社が保有する特許,商標権または製造 ノウハウ等へのロイヤルティ等を通した回収増を望んでいる。一方で,タイ税務当局はそれらの無形資産の 使用料の支払の対価性に注意を払っている。その結果として,日本税務当局から指導を受けて,ロイヤル ティ料率の上昇を試みている日系企業が増加し,その税務調査をタイの子会社で受けるという傾向が強く なっている。税務調査に先立ちタイ税務当局は,高額なロイヤルティ支払いを行っている企業,グループ 企業間取引の割合が高いにも関わらず営業利益率が非常に低い企業,または,過去数年の営業利益率 の変動が著しい企業等に強い関心を持っている。したがって,十分な準備をすることなくタイ子会社が支払 うロイヤルティ料率を引き上げたり,グループ企業向けの販売価格を決定できないにも関わらず為替リスク を引き受けたりした場合,タイ子会社の営業利益率は大きく影響を受け,タイ税務当局の調査対象となる可 能性が大きくなるため留意が必要だ。 ◆望まれる対応 在タイ日系企業が得られる税務メリットを最大限享受しながら,移転価格税制に基づく日タイ税務当局の要 請を満たすためには十分な準備が欠かせない。 ①移転価格文書の作成 移転価格税制の怖さの一つとして,本来課税されるべき利益を海外に移転していないことを税務当局に伝 えることが非常に難しいことがある。そのため,欧米主要国及び多くのアジア諸国では納税者が移転価格 文書を作成し保持することが義務付けられている。日タイ両国では納税者に移転価格文書の作成及び保 持を義務化していないものの,税務調査の際に提出を求められる書類が定められていることから,事前に 移転価格文書を準備することが望まれる。 ②移転価格ポリシーの整備 グループ経営の自由度を維持するため,行動を制約する可能性のあるグループ内の移転価格設定のル ール化には,消極的な日系企業が多い。見方を変えれば,様々な国籍の人々が働くグループの中で,移 転価格の設定の指針となる理解しやすいルール(以下,「移転価格ポリシー」という)が存在しないことはか えって非効率である。移転価格ポリシーを定めそれを支える契約書及び社内文書等を整備することで経理 担当者の税務当局への説明が中身を伴うものになり,結果として,グループの移転価格調査・課税リスクを 低減させる一助になるであろう。 PwC 2 ③事前確認制度の利用 事前確認制度(APA:Advance Pricing Agreement)とは,納税者が税務当局に移転価格設定方法について 事前に確認をとることで,納税者が一定の条件を満たす限り,税務当局から移転価格調査を受けないとい う制度である。日タイ取引でもこの APA を申請することが可能であるため,課税された場合に追徴納税額が 多額になる,過去に移転価格課税を受けた経験がある,あるいは,タイ子会社からの配当額の予測可能性 を高めたい等の事情がある場合は,APA を検討する価値がある。 ◆最後に タイで得られる税務メリットを最大限享受することでグループのキャッシュフローを増加させ,一方で移転価 格税制に基づく日タイ税務当局の要請を満たし調査・課税のリスクを減少させることは,グループ経営に携 わる経営者の重要な課題である。 上述した移転価格ポリシーを策定しそれを支える契約書及び社内文書を整備することは,グループ各社の 利益水準の変更,グループ内の不文律であった事項の見直し,または過去の成功体験の否定等を行うこ とに他ならず,組織内に摩擦が生じることが少なくない。 しかしながら,厳しい国際競争を勝ち抜くためには,日系企業であっても税務分野が聖域であり続けること は許されないだろう。法令順守を前提としながら,グループ全体の法人税支払額をセーブすることによって 経営資源であるキャッシュフローを増加させる具体策の検討が期待される。 以上 PwC 3