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国際税務研究会 「国際税務」 2012 年 2 月号掲載 「台湾税法における個人に対する課税所得の範囲と納税方法(下)」 税理士法人プライスウォーターハウスクーパース

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国際税務研究会 「国際税務」 2012 年 2 月号掲載 「台湾税法における個人に対する課税所得の範囲と納税方法(下)」 税理士法人プライスウォーターハウスクーパース
国際税務研究会 「国際税務」 2012 年 2 月号掲載
「台湾税法における個人に対する課税所得の範囲と納税方法(下)」
税理士法人プライスウォーターハウスクーパース
パートナー 加藤 雅規
マネージャー 周 泰維、堀越 大三郎
3.居住者と非居住者に対する課税方法
(1) 居住者と非居住者の判定
台湾税法により,居住者と非居住者それぞれにつき課税方法が定められています。居住者・非居住者の判定を誤った
場合には,納税方法の違反により過料を科されるリスクがあるため,居住者と非居住者の判定基準を明確にしておく必
要があります。
① 概説
台湾所得税法第7条第2項は,「居住者」について以下のように定義しています。
「本法に言う中華民国の領域内に居住する個人とは,下に挙げる2種を指す。(第1号) 中華民国の領域内に住所を有
し,経常的に中華民国の領域内に居住する者。(第2号), 中華民国の領域内に住所はないが,一課税年度内におけ
る中華民国での居留が合計して満 183 日の者。」
非居住者について,台湾所得税法第7条第3項は「本法に言う中華民国領域内に居住していない個人とは,前項規定
以外の個人を指す。」と定めています。
台湾所得税法の居住者規定につき,第7条第2項第2号では 183 日という明らかな基準を設定しているため,解釈や適
用の際,あまり問題となることはありません。以下では第7条第2項第1号の内容を中心として検討します。
② 「住所」を巡る議論
台湾所得税法第7条第2項第1号の規定につき,台北高等行政裁判所 89 年訴字第 179 号判決は以下のように説明し
ています。
「所得税法第7条第2項第1号に言う中華民国の領域内に居住する個人とは,我が国の領域内に「住所」を有し,「経常
的に国内に住む」者を指す。すなわち,この2つの要件をともに満たさなければならない。」
最初に「住所」の要件について検討します。
「住所」の定義につき,所得税法には明文の規定がないため,民法と同じ解釈をすべきか,民法と異なった解釈をしても
よいのか議論されていますが,台湾における司法実務の通説では,民法での「住所」の定義に従い解釈すべきものとさ
れています 4。台湾民法第 20 条第2項では「一定の事実により,長く住み続ける意思を持ち,一定の地域に住むことが
認められる者は,その地域にて住所を設定することとされる。」と定められています。従って,税法上の住所の認定につ
4
台湾最高行政裁判所 71 年判字第 232 号判決。
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1
いても,「一定の地域に長く住み続ける意思」という主観的な要件と「一定の地域に住む」という客観的な要件が必要で
す。また,「一定の地域に長く住み続ける意思」と言う主観的な要件を認定するためには「一定の客観的な事実」によらな
ければならないため,当事者の恣意的な主張によりこの判断基準を覆すことはできません 5。なお,台湾にも戸籍制度が
あります。戸籍上の住所と実際の住所とは必ずしも一致しませんが,台湾の実務と判例を見ると,戸籍が常に住所を設
定する意思と推定される根拠の1つになっています 6。
③ 「経常的に国内に住む」という点を巡る議論
「住所」の認定よりも,「経常的に国内に住む」という要件の判定の方が争いとなりやすく,また,今のところ司法実務の意
見も必ずしも一致していません。
そもそも「経常的に」という要件は曖昧で,課税要件明確主義に反しているのではないかとの指摘が多くあります 7。かつ
て台湾最高行政裁判所 71 年判字第 1439 号判決はこの要件の認定につき,次のような判断原則を示しました。
「個人とその配偶者が有する,国内における投資,資産買収,子孫の就学や就職などの事実や,国外から国内に戻って
も同じ場所に住むことなどの客観事実により,この人が国内に長く住み続ける意思を持っているか,生活の本拠地はどこ
にあるかを総合的に判断するべきである。」
つまり「経常的」と言う要件に該当しているかどうかを判断するには,上記の客観的な事実をベースとして総合的に判断
するべきとされていました。
しかし,最近の判決は,居住期間の長さという単一の判断基準で決める傾向があります。一方で,台湾所得税法第7条
第2項第2号は「183 日」という期間基準を設定しているため,第1号においても期間基準で判断すると,第2号の主旨と
重複してしまうこととなるため,筆者はこの傾向には疑問があります。さらに,裁判所の判決には,「170 日国内に住んで
も,必ずしも居住者とはならない」という主旨の判決もあれば 8,「原告が1年間に3回国内に入り,合計 40 日国内に滞在
した。その中には 27 日間という長い期間もあるため,被告(国税局)が指摘している,原告は「経常的に国内に住む」と
言う要件に当てはまる,との主張が正しいことは明らか」という主旨の判決もあります 9。つまり,「経常的に国内に住む」と
いう条件に該当することを認定するための居住期間については,統一的な見解がないのが現実です。
このように判断基準が曖昧な状況の下で,自分が居住者ではないとの認識から,源泉徴収されていれば十分であり,
(源泉分離課税のため)別途申告する必要はないと考えていたものの,後で国税局に居住者と判断され,申告納税しな
かったことに対する責任を問われるケースが珍しくありません。
5
台湾最高行政裁判所 71 年判字第 1439 号判決。
6
台北高等行政裁判所 99 年訴字第 628 号判決。
7
呉金柱著,所得税法之理論與実用(上),初版,ページ 33,五南図書出版。
8
台湾最高行政裁判所 78 年判字第 1539 号判決
9
台湾最高行政裁判所 87 年判字第 2351 号判決
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④ 戸籍を有している者は居住者と見なされるリスクが高い
上記の内容をまとめると,1年間の台湾の領域内居留期間が合わせて 183 日を超えない場合でも,第7条第2項第1号
の規定により居住者と判断される可能性があります。
台湾国籍がある者は台湾の戸籍を常に有しています。また,日本人でも,日本国籍を残しながら台湾の国籍を取得する
方も少なからずいます。しかしながら,過去に争いとなったケースでは,台湾に戸籍を有する者は台湾に住所を有してい
ると推定されがちであり,台湾に戸籍を持っていない者と比べると,より居住者に見なされやすいということができます。
ある極端な例をご紹介します。X氏は台湾国籍及びアメリカ国籍を有しており,台湾では戸籍を有していました。X氏は
事業を経営するために台湾に時々入国するのみであったため,1年間に台湾に居留する期間は数十日程度でした。X
氏が台湾における投資先から配当を受け取る際,X氏も投資先もX氏が非居住者であると認識していたため,投資先は
非居住者が受け取る配当所得の源泉徴収の規定を適用し,配当の 20 パーセントを源泉徴収して所轄国税局に納付し
ていました。国税局は源泉徴収の納付を受け入れてきましたが,5年後になって国税局はX氏が5年前の年に居住者に
該当しており,X氏は申告義務を果たしていなかったと指摘しました。しかしながら,X氏はその年には1年間で 22 日間
しか台湾国内にいませんでした。国税局はこのような少ない日数でも「経常的に国内に住む」との要件を満たす妨げに
はならないと主張し,X氏を居住者に認定しました。それにより,X氏に対して申告漏れによる過少納付税額の追加徴収
と,申告漏れに対する過料も科しました。X氏はそれらを不服して行政裁判をおこなったものの,高等行政裁判所の段階
でも敗訴しました 10。
このような例に対して,台湾国籍及び戸籍を有していない外国人には所得税法第7条第2項第1号があまり適用されず,
所得税法第7条第2項第2号に定める「年間 183 日以上の居留期間」という基準により居住者であるかどうかを判断され
る場合が多いです。
(2) 居住者の納税方法
① 原則:申告納税
台湾居住者は所得税法により申告納税する義務を負わされています。
所得税法第 71 条により,原則として,納税義務者は毎年5月1日から 31 日までに前年度の確定申告をしなければなり
ません。
台湾所得税法第 15 条は,納税義務者の配偶者と扶養親族の所得を納税義務者の所得に合算して申告しなければな
らないと定めています。夫婦はどちらか1人を選択して,上記の納税義務者とします。つまり,課税単位は家族でなけれ
ばならないという規定です。
年度確定申告以外に,2 種類の年の途中での申告制度があります。
納税義務者が年中で死亡した場合,死亡日までの所得につき遺言執行者,相続者または遺産管理者が当該納税義務
者に代わって申告しなければなりません(所得税法第 71 条の1第1項)。
10
台北高等行政裁判所 99 年訴字第 628 号判決。
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居住者が年の途中に住所や居所を廃止して出国する予定の場合,出国する前に出国日までの所得について出国確定
申告しなければならなりません。ただし,納税義務者の配偶者が台湾居住者で,台湾に引き続きに居住し続ける場合に
は,その配偶者が納税義務者の所得を合算して年度確定申告しなければならなりません(所得税法第 71 条の1第2項)。
年の途中での出国確定申告義務者は,特別な事情により自ら申告ができない場合,所轄税務機関の事前同意を得て,
台湾に居住する個人や台湾に固定営業場所を有する法人に代理権を授与して,代理申告してもらうことができます(所
得税法第 72 条第2項)。
上記3種類の申告に違反する者は,所得税法第 110 条により申告漏れや過少申告による脱税額の2倍以下の過料を科
される可能性があります。その他,年の途中での出国確定申告義務に違反した者に対し,税務当局は出入国管理機関
に通知し,その機関に当該申告義務者の出国禁止処分をさせることができます(所得税法第 72 条第2項)。日本の附帯
税に比べて高額となる傾向があり,注意が必要です。
② 例外:源泉徴収
税収の確実性,また所得把握の容易性といった理由から,居住者の所得であっても,例外的に源泉徴収制度が適用さ
れることもあります。所得税法第 88 条に列挙されている所得(給与,利子,賃貸料,コミッション,使用料,競技や試合の
賞金,退職金,専門家報酬,告発に対する報奨金など)について,支払者は所得者に送金する際に源泉徴収しなけれ
ばなりません。
台湾財政部が定めた標準的な源泉徴収税率をまとめると以下のようになります 11。
ただし,所得者が居住者である場合は,源泉分離課税ではなく,暫定的な課税にすぎません(一方で,所得者が非居
住者である場合は源泉分離課税です)。居住者は源泉徴収された所得についても,他の所得に加えて,確定申告書に
納付すべき所得税額を計上しなければなりません。個人所得税の税率は超過累進税率なので,算定された納付すべき
所得税額が源泉徴収された税額と異なっている場合があり得ます。その際は還付や追加納付により調整されます。
台湾所得税法により,源泉徴収義務者が源泉徴収義務に違反する場合には,税務当局は源泉徴収義務者に対し,
源泉徴収漏れ金額と同額以下の過料を科すことができます。源泉徴収義務者が期限を過ぎても,追加納付すべき税額
を税務当局に納付しないとき等には,源泉徴収漏れ金額の 3 倍以下の過料を科すことができます。
(3) 非居住者の納税方法
① 原則:源泉徴収
台湾所得税法第 73 条第1項前段は以下のように規定しています。
「中華民国領域内に居住していない個人,および中華民国領域内に固定した営業場所および営業代理人を有していな
い営利事業に,中華民国領域内において本法第 88 条に規定する各種所得がある場合は,本法第 71 条の確定申告に
関する規定を適用せず,その納付すべき所得税は,源泉徴収義務者が支払の時に所定の源泉徴収税率により源泉徴
収する。」
非居住者には,原則として一旦源泉徴収されれば別途確定申告する必要はない,すなわち源泉分離課税が適用されま
す。
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財政部が 2010 年 12 月 12 日に公布した「各種類の所得に対する源泉徴収税率表」よりまとめたものですが,各種例外等の規定
がありますので,適用する前には台湾現地の専門家へご確認ください。
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源泉徴収義務違反の場合の過料は,3(2)②の場合と同様です。
所得の種類
個人居住者
内国営利事業
個人非居住者及び外国営利事業
配当金
N/A
N/A
20%
コミッション
10%
10%
20%
賃貸料
10%
10%
20%
利子
10%
10%
15%/20%
ロイヤルティ
10%
10%
0%/20%
試合の賞金/告発の報奨金
10%/20%
10%/20%
20%
専門家報酬
10%
10%
20%
② 例外:申告納税
台湾所得税法第 73 条第1項後段は以下のように規定しています。
「第 88 条に規定する源泉徴収の範囲に属しない所得があり,当年度の所得税申告期間開始前に出国したものは,出
国前に所轄税務当局に申告を行い,規定の税率により納税しなければならない。当年度の申告期間に出国をしていな
いものは,申告期間内に関連規定により申告納税しなければならない。」
非居住者に第 88 条で源泉徴収の対象となるもの以外の台湾源泉所得がある場合には,申告期間(翌年5月)に台湾に
いる場合には確定申告で納税をし,申告期間前に台湾から出国する場合には出国する前に所轄税務当局に申告納税
しなければなりません。また,台湾国外に滞在し続けている等の事情により自ら申告ができない場合には,所轄税務機
関の事前同意を得て,台湾に居住する個人や台湾に固定営業場所を有する法人に代理申告してもらうことができます。
(所得税法第 72 条第 2 項)
なお,非居住者の場合には,申告納税の対象となる所得であっても,居住者のような総合所得の申告及び累進税率で
はなく,源泉分離課税と所得種類ごとの固定税率が適用されます(所得税細則第 60 条第3項)。これは,非居住者の間
での税負担の公平を図ろうとする(源泉徴収対象所得と同様に申告対象所得にも固定税率を適用する)ものです。
非居住者の場合には,居住者(家族単位で申告を行う)の場合と異なり,個人を課税単位として確定申告することとなり
ます。実務上,非居住者の確定申告書の書式には居住者である配偶者やその所得などの欄は記載されておらず,家族
申告制度に関連する税額控除の適用は認められません。
申告義務違反の場合の過料は,3(2)①の場合と同様です。
夫婦の1人が居住者で,もう1人が非居住者である場合は,台湾財政部の通達により,家族申告制度を適用するか否か
自ら選択できることとされています 12。つまり,所得税法第 15 条の制度に基づいて,居住者とその配偶者である非居住
者とを合わせて申告するか,非居住者が所得税法第 73 条の規定に基づいて独自に申告するかを選択できます。ただ
し,後者の場合には,家族であることに基づく所得控除(扶養控除等)は適用できません。
12
財政部 1998 年台財税字第 871980772 号通達。
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(4) 非居住者が居住者になる場合
居住者と非居住者の身分は常に変動する可能性があります。台湾所得税法第7条第2項第2号に規定された「1年間に
台湾在留期間合計 183 日以上」という基準により,非居住者だった人が台湾国内に留まったことにより在留期間が年間
合計 183 日を超える場合,居住者となり,適用される納税方法も変わりますので,注意しなければなりません。
3(2)②で示したように,所得税法第 88 条に列挙されている同じ種類の所得でも,所得者が非居住者の場合と居住者の
場合とで源泉徴収税率が異なる場合があり,前者の方が税率が高く設定されています。また,所得者が非居住者の場合
にのみ支払者に源泉徴収義務がある所得もあります。そのような所得の支払者は,所得者が非居住者から居住者になる
可能性がある場合でも,所得者が非居住者であるものとして源泉徴収する方が安全と言えます。
以上
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